「不動産を法人化すれば税金が下がる」──書店の節税本にも、ネットの大家ブログにも、そう書いてあります。確かに、個人の最高約55.9%の税率が、法人の実効約33.58%で頭打ちになるという”光”の側面は、ウソではありません。
けれども、私が税理士として顧問先の相談を受けるとき、そして自社管理を行う大家として現場を回すとき、いちばん多く口にする言葉は、実は「今は、やめておきましょう」なのです。法人化には、税率差の裏に必ず”影”がついて回ります。固定費、社会保険、資金の非流動性、出口の二重課税、そして相続のタイミング──ここを多年度で計算せずに設立へ踏み切った人が、数年後に「こんなはずじゃなかった」と後悔します。
この記事は、法人化を煽る記事ではありません。むしろ「あなたは向いていないかもしれません」と正直にお伝えするための一本です。全体像から先に押さえたい方は、まず親記事不動産の法人化は本当に得か(全体像と判断)をご覧ください。そのうえで、本稿で”影”を一つずつ数字で直視していきましょう。
この記事でわかること
- 法人化して「後悔した」と言う人に共通する、たった一つの見落とし
- 誰も正面から書かない「デメリット6項目」を、実額と回避策つきで
- 「税金は45万円減ったのに、手取りは減った」という逆転がなぜ起きるのか
- あなたが”向かない地主”かどうかを判定する、見送り推奨チェックリスト
- それでも「個人所有のまま」が有利な資産(自宅・団信)はどこか
- 「法人化して後悔した」はなぜ起きるのか──この記事の立ち位置
- 後悔の正体は”税率差しか見ていない”こと──直視すべき「影の6項目」
- 【デメリット1】赤字でも出ていく固定費──均等割7万円+年55〜100万円
- 【デメリット2】社会保険は”第二の税金”──税45万円減でも社保70万円増の逆転
- 【デメリット3】法人のお金は自由に使えない──非流動性と”出口の二重課税”
- 【デメリット4】”タイミングを外した相続”は逆効果──売却直後は簿価課税
- 【デメリット5】認知症になったら”着手すら”できない──絶対デッドライン
- 【デメリット6】同族会社ゆえの否認リスク──”否認四天王”の概観
- それでも”個人有利”は残る──団信・自宅・土地の負債利子
- 結論:あなたは”向かない地主”か──見送り推奨チェックリスト
- まとめ──”影”を多年度で通算してから決める
「法人化して後悔した」はなぜ起きるのか──この記事の立ち位置
世に出回る法人化コンテンツの大半は、「所得を分散して税率を下げる」という光の面ばかりを語ります。しかし実務では、固定コスト・社会保険・移転コスト・資金の非流動性・出口の二重課税・相続や売却の想定時期という”影”が、必ずセットでついてきます。ここを直視せずに器(会社)を作ってしまうと、「節税したはずが手取りが減った」「相続直前に移したせいで純損になった」という失敗に、そのまま直結してしまうのです。
先に結論を申し上げます。法人化で後悔する人の共通点は、たった一つ。「単年度の税率差だけを見て、影を多年度で通算しなかった」ことです。これに尽きます。逆に言えば、この一点さえ外さなければ、後悔の大半は防げます。
私は税理士であると同時に、宅地建物取引士として、そして自社で賃貸物件を管理する現役の大家として、この問題を「机上」ではなく「自分で回している現場」から見ています。だからこそ、顧問先に対して「あなたは、やめておいたほうがいいです」と正直に言える場面があります。買い煽らずに”正す”こと──それがこの記事の役割です。
読み終えたとき、あなたが「自分は向くのか、向かないのか」を数字で判定できる状態になっていること。これがこの記事のゴールです。親記事の総論を読んで「よし、やろう」と前のめりになった方が、いったん立ち止まって足元を冷静に見るための一本だと思ってください。
後悔の正体は”税率差しか見ていない”こと──直視すべき「影の6項目」
まず、光の側を正しく確認しておきます。個人の不動産所得は総合課税・超過累進で、課税所得4,000万円超では所得税45%に住民税10%と復興特別所得税が乗り、実質の最高税率は約55.9%(45%×1.021=45.945%+住民税10%)に達します。一方、資本金1億円以下の中小法人は、所得800万円以下が軽減税率15%、800万円超部分が23.2%で、東京23区の法定実効税率は約33.58%で頭打ちになります。
この20ポイント超の差だけを切り取れば、確かに「やらない理由がない」ように見えます。ここが落とし穴です。実務の判断軸は、税率差ではありません。 次の6つを多年度で通算して、初めて「得か損か」が決まります。
- 赤字でも出ていく固定コスト(均等割・税理士報酬)
- 社会保険料という「第二の税金」
- 法人に貯めた資金の非流動性と、出口の二重課税
- 相続・売却のタイミングを外したときの逆効果
- 認知症で「着手すらできなくなる」デッドライン
- 同族会社ゆえの税務否認リスク
どれくらい効くのか、象徴的な数字を一つだけ先に出します。ある試算では、課税所得3,000万円のうち800万円を法人へ移すと、税金は217万円減ります。ところが、オーナー個人の可処分所得(手取り)は393万円減るのです。税額と手取りは、まったく別物です。「税金が減った=得をした」ではないことが、この一例だけでもお分かりいただけると思います。
以降、この6つの影を一つずつ実額で解体し、最後に「向かない地主」のチェックリストへ集約します。
【デメリット1】赤字でも出ていく固定費──均等割7万円+年55〜100万円
法人は、利益がゼロでもお金が出ていく器です。個人事業なら、赤字の年は税負担も原則ゼロで済みますが、法人はそうはいきません。代表的な固定費は次の3つです。
| 費目 | 金額の目安(2026年) | 特徴 |
|---|---|---|
| 法人住民税均等割 | 資本金1,000万円以下・従業者50人以下で最低7万円/年(都道府県2万+市区町村5万) | 赤字でも必ず課税。資本金1,000万円超で約18〜20万円へ段階上昇 |
| 税理士報酬 | 顧問料 月3〜7万円+決算料15〜30万円=年30〜50万円 | 個人申告より法人決算は複雑。記帳・給与計算を頼むとさらに上乗せ |
| 設立費用(初期) | 株式会社20〜35万円/合同会社6〜15万円 | 最初の一度だけ発生 |
均等割・社会保険・税理士報酬を合わせたランニングコストは、年55〜100万円が目安です。これは「節税額」がこの金額を超えて初めて元が取れる、という意味でもあります。だから実務上の損益分岐点は、税率がクロスする課税所得900万円前後よりも高くなり、腰を据えて検討するラインは不動産所得でおおむね600〜800万円超、積極検討なら課税所得900〜1,200万円超まで上がります。
私が好んで引用する戒めの言葉があります。ある大家本は「節税で軽くなった税額の3倍のキャッシュが出ていく」と表現し、別の一冊は「素直に納税したほうが手残りが多い局面が多い」と釘を刺します。中小企業は、赤字でもキャッシュがあれば潰れませんが、その逆もまた真なのです。
ワンポイント回避策:資本金は必ず1,000万円未満に抑えます(均等割の最小区分になり、消費税も原則2期免税)。所得規模がまだ閾値に届かないなら、いきなり法人を作らず、まず青色事業専従者給与で配偶者や親族へ分散して様子を見るのが順序です。そのうえで、移転コストの回収年数を試算します。実際、収益物件2棟を移して毎年238万円の節税になった事例では、移転費用531万円を約2.2年で回収できました。この「回収年数」を電卓で叩いてから設立する、という慎重さが後悔を防ぎます。具体的なライン別の検算は、兄弟記事不動産の法人化は”いくらから”得かで数値表とともに解説しています。
【デメリット2】社会保険は”第二の税金”──税45万円減でも社保70万円増の逆転
法人になると、社長1人でも健康保険・厚生年金への加入が原則強制されます。この負担が、見落とされがちな最大の”影”です。
料率は、厚生年金18.3%+健康保険約10%(40歳以上は介護保険が上乗せ)で、労使合計は役員報酬の約30%にのぼります。具体的な試算を見てください。月収100万円のケースで、社会保険料は月233,022円(労使折半後で116,511円)。個人時代の国民健康保険+国民年金(月99,110円)と比べると、約2倍です。会社と個人が同じ財布である一人会社では、この会社負担分も実質は自分の負担です。
だから、こんな逆転が現実に起きます。税負担が45万円減っても、社会保険料が70万円近く増えて、トータルではマイナス──。社会保険は、まさに「第二の税金」なのです。役員報酬100万円を家族に払うために、会社は約115万円のキャッシュを用意しなければならない、という感覚をぜひ持ってください。
さらに、年金を受け取る世代のオーナーには、もう一つの罠があります。在職老齢年金による支給停止です。役員報酬(標準報酬月額+賞与)と老齢厚生年金の合計が支給停止調整額を超えると、厚生年金の一部または全部が止まります。高い役員報酬を取ったつもりが、節税どころか年金まで失う──こうなると本末転倒です。
ワンポイント回避策:資産管理会社では、役員報酬をゼロ〜低額に抑えれば、社会保険の加入義務も年金の支給停止も、ともに回避できます。報酬は「社会保険・所得税・年金停止・給与所得控除」を総合した最適点で設計するのが鉄則です。役員報酬をいくらに置くかの具体的な最適化は、兄弟記事資産管理会社の節税を”手取り”で検証する(役員報酬・社宅・退職金)で掘り下げています。
【デメリット3】法人のお金は自由に使えない──非流動性と”出口の二重課税”
法人化して初めて実感する、心理的な落とし穴があります。資金の非流動性です。
家賃は、いったん全額が法人に帰属します。オーナー個人がそこからお金を引き出す方法は、役員報酬(原則として毎月定額・事前確定)か配当しかありません。決めた報酬を超えて社長が会社の金を使えば、それは会社からの借入(利息が発生します)か、役員賞与(損金に算入できません)として扱われます。つまり、自分の物件が生んだ家賃なのに、自由度は個人時代より確実に下がるのです。「法人の口座にお金はあるのに、自分では使えない」──この感覚は、経験してみないと分かりにくいものです。
そして、法人に貯めた利益を個人へ戻す局面で、二重課税が顔を出します。利益にはまず法人実効約33.58%が課され、その残りを配当や清算で個人が受け取る段階で、再び所得税が課されます。
出口での税率差は、はっきり数字で出ます。
- 清算配当(会社をたたんで残余財産を分配):総合課税で最高約55%(みなし配当は分配時に源泉徴収、非上場は20.42%)
- 株式ごと売る不動産M&A:譲渡益に一律20.315%
「優良会社は、清算して配当を取るより、株式ごと売ったほうが手取りが多い」──これが出口設計の要点です。しかも清算では、残余財産は全債務の弁済後にしか分配できず、清算時の貸借対照表は処分価額で評価し直すため、含み損を抱えた不動産は大幅に値を下げられてしまいます。
ワンポイント回避策:出口(売却・承継・清算)を、設立時から設計しておくことです。器に利益を貯め込みすぎず、役員報酬や退職金で計画的に個人へ移します。特に役員退職金は退職所得控除と1/2課税で優遇されるため、「減価償却で簿価を下げた物件の売却益に、役員退職金をぶつけて相殺する」出口が有効です。清算とM&Aの有利不利は、兄弟記事相続・承継・出口(清算vs不動産M&A)で具体的に比較しています。
【デメリット4】”タイミングを外した相続”は逆効果──売却直後は簿価課税
「法人に移せば含み益が消えて、相続税評価が下がる」──これは半分正しく、半分は誤解です。タイミングを外すと、むしろ逆効果になります。
まず押さえるべきルールが二つあります。開業後3年未満の会社の株式は、会社規模を問わず純資産価額100%で評価されます。 そして取得後3年以内の土地・建物は、「通常の取引価額」で評価されます。 つまり、含み益のある物件を法人へ移した直後に相続が起きると、株価はむしろ上振れしてしまうのです。
さらに深刻なのが、簿価と相続税評価額の関係です。建物の簿価が相続税評価額を上回っている時期に法人へ売却し、その直後に相続が起きると、売却代金は現金や貸付金として簿価どおりに課税されます。一方、個人で保有し続けていれば、その建物は固定資産税評価額×(1−借家権割合)で評価されます。たとえば固定資産税評価3,000万円なら、3,000万円×0.7=2,100万円。この差は、相続税額に直結します。
結論はシンプルです。法人化は早いほど、簿価と評価額の乖離が縮まって有利になります。裏を返せば、相続が目前に迫った高齢のオーナーが駆け込みで法人化すると、移転コストすら回収できずに純損に終わりかねません。「いつかやろう」と先延ばしにするほど不利になる、という時間の非対称性があるのです。
しかも、移転そのものにも一時コストがかかります。登録免許税(建物2.0%)、不動産取得税(住宅3%・非住宅4%)。加えて、時価の1/2未満で移すとみなし譲渡(所得税法59条)とみなされ、保有期間の含み益全額に譲渡所得税(長期20.315%/短期39.63%)が課されます。
ワンポイント回避策:高齢・相続直前の法人化は避け、判断できるうちに早期着手します。移転から3年の経過を待って、貸家・貸家建付地評価に乗せるのが定石です。正しいタイミングでの株価引下げの手順は、兄弟記事相続・承継・出口で解説しています。
【デメリット5】認知症になったら”着手すら”できない──絶対デッドライン
これは、私が最も強く警告したいデメリットです。
意思能力を失うと、建物の売買契約も、株式の贈与も、無償返還届出の提出も、本人が当事者になれません。つまり、法人化スキームそのものが実行不能になります。成年後見人が就いたとしても、本人の相続対策を目的とした贈与や移転は、原則としてできません。後見はあくまで本人の財産を守る制度であって、節税や承継のための積極的な処分は認められないからです。
よく語られるのは「認知症になると、大規模修繕もエレベータの保守も、売却も買換えも抵当権の設定もできなくなる」という認知症”後”の弊害です。しかし、実はそのさらに手前に、より根本的な制約があります。「法人化に着手できる期限=発症前」という、絶対のデッドラインです。
だからこそ、「いつかやろう」が最も危険なのです。判断能力に不安が出てからでは、これまで述べてきた全スキームがゼロになります。固定費が高いとか社会保険がどうといった話は、着手できてこその議論です。着手のドアそのものが閉まってしまえば、選択肢は消えます。
ワンポイント回避策:判断能力に少しでも不安があるなら、家族信託や任意後見を、法人化に先行させるか、並行して組みます。たとえば「法人(建物を保有)+民事信託(長男を受託者兼代表)」という合わせ技で、移転行為を実行できる体制を先に作っておく、という設計が有効です。
【デメリット6】同族会社ゆえの否認リスク──”否認四天王”の概観
家族が株主・役員になる同族会社である以上、次の否認規定が常に頭上にあります。ここでは概観にとどめ、各論の深掘りは兄弟記事へ譲ります。
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同族会社の行為計算否認(法法132・所法157・相法64)──いわゆる「伝家の宝刀」。税負担を不当に減少させる不自然・不合理な取引を、税務署長が通常の取引に引き直して課税できます。租税回避の目的がなくても適用され得る、という点が怖いところです。
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過大管理料の否認(所法157)──ここが同族の資産管理会社で最も対立する論点です。まず大前提として、管理料に法定の「適正率」は存在しません(国税庁 平成12年9月6日 課所6-46)。税務署は、非同族の管理会社(比準同業者)を倍半基準で選び、その平均管理料と業務実態を照らして適正額を認定します。判例の水準は総じて厳しく、当初30〜60%で申告した管理料が、適正およそ4〜10%まで否認された例が並びます(東京地裁 平成6年1月28日は、34〜37%を約4.9%まで減額)。「20%までならフリーパス」という俗説がありますが、東京高裁は「20%以内であればフリーパスということではなく、建物の規模・地域性・管理業務の内容等に即して個別に判断される」と明示しています。
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過大役員報酬の否認(法法34②)──職務内容・収益・同業他社水準に照らした実質基準で、「不相当に高額な部分」は損金に算入できません。同族会社の役員報酬「最高額」を超える部分を否認された残波事件は、最高裁 平成30年1月25日で確定しました。定期同額給与の形式を整えるだけでは、過大性を免れないということです。職務実態のない家族への支給は、特に狙われます。
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留保金課税(特定同族会社の特別税率)──資本金1億円以下の中小法人は原則として適用除外ですが、仕組みは知っておくべきです。
ワンポイント回避策:契約書・業務日報・振込記録で業務実態の証憑を整備し、家族役員には勤務実態に見合った金額を支給します。管理料・報酬は同業他社の水準に収める。ここで効いてくるのが、自社で賃貸管理をしてきた現場の記録です。募集・集金・清掃・入居者対応・修繕手配を実際にやっている証拠こそが、否認を跳ね返す最大の武器になります。管理料の安全ラインと否認判例の詳細は管理料は何%まで認められるか、役員報酬の適正額は節税(役員報酬・社宅・退職金)へ。方式ごとの否認リスクは3方式の選び方で比較しています。
※2026年時点の情報です。個別具体的な判断は不動産税務に強い税理士へご確認ください。
それでも”個人有利”は残る──団信・自宅・土地の負債利子
「収益物件があるなら全部法人に入れればいい」というのも、誤りです。個人所有のままのほうが有利な資産が、はっきり存在します。
第一に、居住用不動産(自宅)は個人所有が有利です。理由は複数あります。まず、住宅ローンには団体信用生命保険(団信)が付き、万一のときに残債がゼロになります。さらに、相続時には小規模宅地等の特例(居住用330㎡まで80%減)、売却時には居住用財産の3,000万円特別控除や軽減税率が使えます。これらは個人ならではのメリットで、自宅を法人に入れると根こそぎ失われます。
第二に、その団信こそが盲点です。団信は原則として個人向けで、資産管理法人ではほとんど加入できません(法人は代表者が代わっても「死なない」ため、保険としての意義が薄いのです)。仮に法人向け団信に入れたとしても、代表者の死亡で残債が完済されると、その残債分が法人の「債務免除益」となり、法人税が課されます。数千万円の免除益で納税資金に窮し、物件の売却に追い込まれる例すらあります。個人の団信と同じ感覚は、法人では危険です。
第三に、既存ローンの付け替えには落とし穴があります。住宅ローンやアパートローンのある物件を、金融機関に無断で法人へ名義変更すると、目的外使用=期限の利益喪失となり、残債の一括返済を迫られます。しかも、融資残高が残存簿価を上回っていると、その差額(たとえば約200万円)は個人負担の”追い金”になります。移転の前には、必ず金融機関と協議し、承諾を得なければなりません。
第四に、税務のテクニカルな論点ですが、土地取得のための負債利子は損益通算できません(措法41の4)。個人の不動産所得が赤字でも、土地等の取得に要した借入金利子に対応する損失部分は、他の所得と通算できないのです。個人保有を続ける物件の税効果を過大に見積もらないよう、注意してください。
ワンポイント回避策:自宅・居住用は個人のまま残す。残債のカバーは、法人を受取人とする定期保険で代替する。そして移転の前には、必ず金融機関と協議・承諾を取る。融資の付け替えや団信の実務は、兄弟記事法人化と融資の現実(借り換え・団信)で詳しく扱っています。
結論:あなたは”向かない地主”か──見送り推奨チェックリスト
ここまでの6つの影を踏まえて、「法人化に向かない地主」の類型を整理します。次のいずれかに当てはまるなら、少なくとも今は見送り、または設計の練り直しをおすすめします。
- 向かない①:小規模でコスト倒れ──節税額が、年55〜100万円の維持費を下回るなら、法人化はむしろマイナス。まずは青色事業専従者給与で足ります。
- 向かない②:5年超保有して個人で売り抜ける出口──個人の長期譲渡は20.315%。法人は保有中も譲渡益も実効約33.58%ですから、「長く持って個人で売る」出口を描く人には、法人化がかえって不利になります。
- 向かない③:自宅・居住用が中心──団信・小規模宅地330㎡・3,000万円特別控除が効く個人所有が有利。法人化は賃貸物件に限る話です。
- 向かない④:認知症・意思能力のリスクが近い──着手デッドラインを過ぎればスキーム自体が不能に。家族信託を先行させるべきです。
- 向かない⑤:本人(親)が株主・役員になる設計──内部留保で株式価値が上がり、相続財産が膨張します(出資50万円が10年で1,050万円に化けた例も)。所得分散効果も減殺されるため、次世代を出資者にできないなら効果は薄いのです。
逆に、向いているのは「所得が高く」「相続財産が大きく相続人が少なく」「長期保有で持ち続け」「子や孫を出資者にできる」オーナーです。全体像から自分の位置を確認したい方は親記事不動産の法人化は本当に得かへ、具体的な損益分岐の数値検証はいくらから得かへお進みください。
まとめ──”影”を多年度で通算してから決める
最後に、この記事の要点を4つに絞ります。
- 後悔の共通点は「税率差だけを見て、影を多年度で通算しなかった」こと。 税額と手取りは別物で、税217万円減でも手取り393万円減という逆転が起きます。
- 固定費(均等割7万円+年55〜100万円)と社会保険(第二の税金)が、損益分岐を押し上げる。 税45万円減でも社保70万円増の逆転を織り込むこと。
- タイミングと非流動性を軽視しない。 相続直前の駆け込みは純損に、出口の二重課税は手取りを削ります。認知症の発症前という着手デッドラインは絶対です。
- 全部を法人にしない。 自宅・団信・土地の負債利子など、個人有利が残る領域を見極める。
「これで絶対に安全」という法人化は存在しません。可否は、単年度の税率差ではなく、6つの影まで載せた多年度の手残りシミュレーションで決めるべきものです。まずは、ご自身の課税所得・保有方針・相続時期を書き出し、影の6項目を紙の上で通算してみてください。
※2026年時点の情報であり、防衛特別法人税・給与所得控除の改正など流動的な項目を含みます。最終判断は必ず、不動産税務に強い税理士の多年度シミュレーションで裏づけてください。
次の一手(CTA)
- 見送りではなく「もう一度、数字で確かめたい」方へ:あなたの確定申告書3年分・固定資産台帳・返済予定表から、社会保険と固定費を込みにした多年度の手残りシミュレーションと回収年数を作成します。「税理士×宅地建物取引士×自社で賃貸管理を行う実務家」が、机上論ではなく現場目線でお答えします。まずは無料の初回概算検討から。
- 次に読むなら:GO/NO-GOを数字で見極める不動産の法人化は”いくらから”得か(損益分岐)。全体像に戻るなら親記事・法人化の全体像と判断。
- さらに深く:私が顧問先に「法人化はやめてください」と伝えた実例集(税45万円減・社保70万円増で逆転した多年度の実額、相続直前の駆け込みを止めたケースの簿価vs評価額など)は、Note有料版で公開しています。5分で”向かない地主”を見分ける診断は、YouTube「地主のための相続」チャンネルでも。
著者について
税理士 × 宅地建物取引士 × 自社で賃貸管理を行う現役の実務家。「机上のスキーム」ではなく「自分で回している現場」から、不動産オーナーの法人化・相続・承継を一人称で解説しています。税務署が見るのは、契約書の文言ではなく”現場”です。管理業務日誌・入出金通帳・修繕手配の実物という、他の発信者には模倣できないエビデンスを軸に、買い煽らず正直に。数値・制度は年度で変わるため、個別のご判断は必ず不動産税務に精通した税理士へご確認ください。

