法人化の試算がどれだけ丁寧でも、ローンの残っている物件は、銀行の承諾なしには動かせません。登記の名義だけを書き換える方法は、融資が付いた物件には使えません。
実質は、個人の借入をいったん返して、会社が新しく借り直す取引です。その仕組みと、承諾を取らずに動かしたときに何が起きるか、団体信用生命保険がどうなるかを順に説明します。
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1. 名義変更では移せない。会社が3ステップで借り直す
抵当権とは、担保に入れた不動産から、ほかの債権者に先立って返済を受けられる権利です(民法369条)。担保になっている不動産の所有者が、貸し手の知らないうちに変わると、この前提が崩れます。だから融資契約には、担保の不動産を処分するときは事前に承諾を得る、という条項が置かれます。
融資が残っている物件を会社へ移すときの、お金の流れ
実質は売買と、新しい融資の組み合わせです
この3つのどこかで止まると、移転そのものが実行できません。次の4か所で詰まりやすいです。
残債が、売る値段を上回る

建物だけを帳簿の価額で移すと、代金は帳簿の価額どまりです
問題借入の残高がそれより多ければ、差額を個人が自分で用意しないと完済できません。
繰上返済に費用がかかる

一括で返すときの手数料や違約金が、契約で決まっていることがあります
やり方金額は商品と時期で違います。返済予定表と契約書で確かめます。
建物が古い

会社が借りるときの担保評価が伸びません
問題残債をカバーできる融資が組めなければ、移転そのものが成り立ちません。
共同担保が付いている

複数の物件で1つの融資を担保しています
やり方どれを外してどれを残すかを、銀行と調整します。
2. 承諾なしに動かすと、残債の一括返済を求められる
期限の利益を失う

30年で返せばよいという立場を、失います
問題期日まで払わなくてよいという借り手の利益を、期限の利益といいます(民法136条)。担保を減らしたときなどに失います(民法137条)。加えて借入契約には、承諾なく担保の不動産を譲渡したときを喪失の事由に挙げる条項が置かれます。
注意失うと、残っている借入の全額を一度に返すよう請求されうる状態になります。名義を移せば必ず請求されるとも、されないとも言えません。手元の契約書を読み、該当しそうなら動かす前に相談する。それ以外に確かめる方法はありません。
解決移転を検討し始めたら、税理士への相談と同じかそれより早く、取引銀行に話を通します。連帯保証人がいれば、保証人にも影響が及びます(民法458条の3)。
3. 登記のかたちで、登録免許税が変わる
| 登記の種類 | 課税標準 | 税率・税額 |
|---|---|---|
| 抵当権の設定 | 債権金額 | 1,000分の4 |
| 登記事項の変更(債務者の変更など) | 不動産の個数 | 1個につき1,000円 |
| 登記の抹消 | 不動産の個数 | 1個につき1,000円 |
抵当権をいったん抹消して新しく設定し直すなら、5,000万円を借りれば登録免許税は20万円です。既にある抵当権を残して、債務者を個人から会社へ変更する登記で足りるなら、1,000円の区分です。ただし、その形を取れるかは銀行と登記の判断によります。所有権の移転そのものにかかる登録免許税と不動産取得税は、これとは別です(登録免許税法別表第一)。
4. 団体信用生命保険は、借りている本人に付いている
団信は引き継がれない

個人の借入が終わると、団信も役目を終えます
理由団信は、その借入をしている個人が被保険者です。会社の新しい借入に、同じ保障が自動で引き継がれることはありません。
注意個人で借りていたときに万一に備えられていた部分が、法人化で外れます。生命保険で埋めるかどうかを、ここで考えます。
会社の借入が保険金で消えると、利益になる

現金は入らないのに、課税所得だけが立ちます
問題会社の借入に保障を付ける商品もありますが、借入が保険金で消えれば、消えた債務の分は会社の収益として扱われます(法人税法22条2項)。
解決会社を受取人とする生命保険で備える設計もあります。保険料をどこまで損金にできるかは契約の時期と解約返戻率で変わるので、契約の前に税理士に確かめます。
自宅は、個人に残すことが多いです。個人が持つ自宅の敷地には小規模宅地等の特例(330㎡まで8割減)があり、売るときにも3,000万円の特別控除があります。収益物件と自宅を同じ扱いで考えないことです(「自宅の土地が最大8割減」)。
5. 銀行は決算書のどこを見るか。保証を外す要件が3つある
決算書で見られる点は4つある

利益、返済にかかる年数、自己資本、手元の現預金
やり方利益が何期続いているか。利益と減価償却費で借入を何年で返せる計算か。債務超過になっていないか。毎月の支払いに対して現預金がどれだけあるか。基準の数字は銀行ごとに違い、公表もされていません。
注意役員貸付金や使途のはっきりしない仮払金があると、必ず聞かれます。会社と個人のお金を混ぜないことです。
節税と与信は、同時に最大化できない

利益を消した決算書は、返済力の乏しい会社に見えます
理由経費を積んで利益を消せば法人税は減りますが、次の融資の場面では不利です。買い増す予定があるなら、利益を残して納めるほうが結果的に得なことがあります(「会社の節税は、税額ではなく手取りで決める」)。
まとめ
- 抵当権の付いた物件は、名義の書き換えでは移せません。会社が借り、個人が完済し、抵当権を付け直します
- 残債が売値を上回る、繰上返済の費用、建物が古い、共同担保。この4か所で詰まります
- 承諾なしに動かすと、残債の一括返済を求められます。動かす前に銀行へ相談します
- 団信は本人に付いていて、会社には引き継がれません。会社の借入が保険金で消えると利益になります
- 融資でも保証を外す交渉でも、会社と個人のお金を混ぜないことが大事になります
まず、今日できること
- 物件ごとに、借入の残高、担保の範囲、繰上返済の条件を返済予定表と契約書で確かめます
- 契約書の「期限の利益の喪失」の条項を読み、担保の譲渡が挙がっているかを見ます
- 取引銀行に、会社へ移す場合の扱いを聞きます。税理士より先でよいです
出典
- 民法136条・137条(期限の利益とその喪失)、369条(抵当権)、458条の3(保証人への情報提供)
- 法人税法22条(益金の額)
- 登録免許税法別表第一(抵当権の設定・変更・抹消の登記)
- 経営者保証に関するガイドライン(平成25年12月・経営者保証に関するガイドライン研究会)、中小企業庁「経営者保証」
- 住宅金融支援機構「新機構団体信用生命保険制度」
- 国税庁タックスアンサー No.4124(小規模宅地等の特例)、No.5364(定期保険等の保険料の取扱い)
※確認日:2026年9月3日。期限の利益の喪失事由、繰上返済の費用、担保の扱いは、契約ごとに違います。本記事は一般的な書かれ方を説明したもので、個々の契約の結論を示すものではありません。物件を動かす前に、契約書を手元に置いて取引銀行に相談し、税務は税理士、登記は司法書士にご確認ください。
この記事は 相続手続き STEP 4「相続するか、放棄するかを決める」 でも紹介しています。
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