法人化の判断は、個人と法人の税率を比べるところから始まります。ですが実際に後から困る人は、税率の計算を間違えたわけではありません。税率表に出てこない場所で詰まります。赤字でも出ていく固定費、社長1人でも入ることになる社会保険、法人に入ったお金を個人へ戻すときの課税。この記事では、後から効いてくる5か所を、なぜそうなるかと、どう避けるかの順に並べます。
※本記事は一般的な仕組みを解説するものです。登場する事例・金額はすべて架空のモデルです。個別の税務・法務相談ではありません。
→ 不動産の法人化の全体像は 不動産の法人化の全体像 にまとめています。
この記事でわかること
- 法人住民税の均等割は、赤字の年でもかかること。金額は自治体で違うこと
- 法人は社長1人でも健康保険・厚生年金の対象になり、役員報酬の決め方が変わること
- 家賃はいったん法人のものになり、個人が自由に引き出せなくなること
- 会社をたたむときと、株式ごと売るときで、税金のかかり方が違うこと
- 相続の直前に作ると、費用だけ先に出て効果が間に合わないこと
- 逆に、どんな条件がそろっていれば問題が小さいか
1. 赤字の年でも出ていく固定費
個人事業なら、赤字の年の所得税は原則としてかかりません。法人は違います。会社という器を持っているだけで、毎年決まった支出が出ます。
法人住民税の均等割
法人住民税には、所得に対してかかる部分とは別に、所得がゼロでも赤字でもかかる均等割があります。金額は、資本金等の額の区分(市町村分はこれに従業者数の区分が加わります)で決まります。標準税率は、資本金等の額が1,000万円以下の会社で、道府県民税が年2万円(地方税法52条)、市町村民税が従業者50人以下で年5万円(地方税法312条)です。
税理士報酬と登記の費用
法人になると、毎年の決算書と、法人税・法人住民税・法人事業税の申告書を作ります。個人の確定申告より作業が増えるため、税理士に頼む場合の費用も上がります。金額は事務所と依頼する業務の範囲で幅が大きいので、年額でいくらになるかを見積りで押さえてから決めてください。
登記の費用も続きます。設立時の登録免許税だけでなく、役員の任期が来れば重任の登記が要ります。会社の形をどちらにするかで費用も運営の手間も変わる点は、株式会社か合同会社かは、費用と運営と承継で決める にまとめています。
どう避けるか
考え方は単純です。1年あたりの節税額が、1年あたりの固定費を上回る規模になってから作ります。先に器を作ってから所得が育つのを待つと、育つまでの年数だけ固定費を払い続けます。分岐点の考え方は 法人化が得になるのは、所得がいくらからか で扱っています。
問題が小さいのは、不動産所得がすでに大きく、固定費を払っても手取りが増える見込みが立っている人です。逆に、所得がこれから増える見込みの段階なら、家族への給与など個人のままでできる方法を先に確かめる余地があります。
2. 社会保険という追加負担
なぜ加入することになるのか
法人の事業所で常時従業員を使用するものは、健康保険と厚生年金の適用事業所になります(厚生年金保険法6条1項2号、健康保険法3条3項)。従業員がいなくても、役員報酬を受け取る社長は「法人に使用される者」として被保険者になります。個人事業のときの国民健康保険・国民年金とは、負担の計算方法がまったく違う仕組みに切り替わります。
保険料の性質を2つ押さえてください。
- 報酬に比例します。厚生年金の保険料率は1,000分の183です(厚生年金保険法81条4項)。健康保険の料率は都道府県ごとに決まるため、全国一律ではありません(健康保険法160条)。40歳以上65歳未満の人は、介護保険の第2号被保険者として上乗せがあります(介護保険法9条2号)
- 会社と本人で半分ずつ負担します(厚生年金保険法82条1項、健康保険法161条1項)。ただし社長1人の会社では、会社が負担する半分も同じ財布から出ます
税金だけを見て役員報酬を決めると、ずれが起きます。報酬を増やすと法人の所得は減りますが、社会保険料は報酬に比例して増えます。税額が減っても、手取りが減ることがあります。
年金を受け取る年代のもう1つの論点
老齢厚生年金を受け取りながら被保険者として働いている場合、報酬と年金を合わせた額が基準を超えると、年金の一部または全部の支給が止まります(厚生年金保険法46条1項)。基準となる額は年度ごとに改定されますので、実行前に最新の額を確認してください。
どう避けるか
役員報酬は、法人税・所得税・社会保険料・年金の4つをまとめて見て決めます。「加入するかどうか」を選ぶ問題ではなく、「報酬をいくらにするか」で調整する問題だと考えてください。役員報酬をまったく出さない設計なら加入の対象になりませんが、それでは所得を法人へ移すという目的と合いません。
問題が小さいのは、もともと厚生年金の被保険者である人(会社勤めなど)と、年金の受給開始までまだ年数があり、将来の年金額が増えることを負担の見返りと考えられる人です。仕組みの基本は 大家の社会保険、報酬額の決め方は 会社の節税は、税額ではなく手取りで決める にまとめています。
3. 法人に入ったお金は、自由に個人へ戻せない
なぜそうなるのか
物件を法人へ移すか、法人に管理を任せると、家賃はまず法人のものになります。オーナー個人がそこから受け取る方法は、役員報酬か配当に限られます。
役員報酬には形式の縛りがあります。毎月同じ額を支給する定期同額給与か、あらかじめ税務署へ届け出た事前確定届出給与などに当てはまらない部分は、法人の経費(損金)になりません(法人税法34条)。「今月は大きな支出があったので多めに」ができないということです。決めた額を超えて会社のお金を使えば、会社からの借入として利息を付けて返すか、損金にならない賞与として扱われます。配当は、法人税を払ったあとの利益から出すものです。
【モデル事例】山口さん(仮)は、家賃収入で子の学費と生活費をまかなってきました。法人へ移した翌年、役員報酬は毎月同じ額に固定されています。入学金の支払いが必要になっても、法人の口座に残高はあるのに、その月だけ報酬を増やすことはできません。
どう避けるか
移す前に、個人側にどれだけの現金と収入を残すかを決めておきます。当面の生活費と、固定資産税など個人で払い続ける支出の分は、個人側に残します。そのうえで、年に1回の見直しで報酬額を決める習慣をつけます。
問題が小さいのは、給与や年金など不動産以外の収入で生活費がまかなえている人と、法人に残した資金を次の物件や修繕に回す予定がある人です。逆に、家賃だけで生活費をまかなっている状態で全部を法人へ移すと、この制約が毎月効いてきます。
4. 出口で、もう1回課税される
なぜそうなるのか
法人が稼いだ利益には、まず法人税などがかかります(→ 法人税率は何%か)。そのうえで、残った利益を個人へ移すときに、もう1回課税されます。出口の取り方は主に2つで、税金のかかり方が違います。
| 出口 | 個人にかかる税金の扱い | 注意点 |
|---|---|---|
| 会社をたたむ(清算) | 残余財産の分配のうち、資本金等の額に対応する部分を超える金額は配当とみなされる(所得税法25条1項4号)。上場株式等以外の配当として20.42%が源泉徴収され、原則として総合課税で精算する | 総合課税なので、その年の他の所得と合算して税率が決まる |
| 株式ごと売る | 株式の譲渡益は申告分離課税。税率は20%(所得税15%・住民税5%)に復興特別所得税が加わる(租税特別措置法37条の10) | 買い手が見つかるかは別の問題。会社の中身を見て値段が決まる |
法人をたたむときと、株式ごと売るときの課税の違い(所得税法25条、租税特別措置法37条の10、国税庁タックスアンサーNo.1330・No.1463をもとに作成)
物件を個人で持ち続けて売る場合は、譲渡所得として分離課税で終わります(→ 不動産を売った税金は、給与と別に計算し、5年で税率が2倍変わる)。法人の場合は、法人で売った利益に法人税がかかり、その資金を個人へ戻すところでもう1段あります。数年後に売って個人でお金を受け取る計画なら、法人を経由する分だけ段が増えます。
どう避けるか
出口を決めてから入口を作ります。具体的には、次の3つを設立の時点で決めておきます。
設立前に決めておくこと
- 1誰が株主になるか本人が株主だと、利益がたまるほど株式の評価が上がり、相続財産が増えます
- 2どうやって個人へ戻すか役員報酬と、退職金の規程。少しずつ戻す道を先に作っておきます
- 3最後にどうするか子へ株式を渡すのか、株式ごと売るのか、たたむのか
出口から逆算して決めておく3点
問題が小さいのは、法人を長く続けて子や孫へ引き継ぐ前提の人です。株式で渡す進め方は 会社の株は、株価が下がった年に子へ渡す にまとめています。逆に、数年で売って現金化するつもりなら、法人を挟む意味が小さくなります。
5. 相続の直前に作ると効きにくい
なぜそうなるのか
「不動産を法人に移せば相続税評価が下がる」という説明があります。方向としては誤りではありませんが、移してすぐには効きません。取引相場のない株式の評価には、次の2つの決まりがあるからです。
- 課税時期前3年以内に取得または新築した土地等・家屋等は、純資産価額の計算上、相続税評価額ではなく通常の取引価額で評価します(財産評価基本通達185)
- 開業後3年未満の会社の株式は、会社の規模にかかわらず純資産価額方式で評価します(財産評価基本通達189-4)
つまり、移した直後に相続が起きると、評価を下げる仕組みが働きません。一方で、移すこと自体の費用は先に出ています。建物を法人へ移すには、登記の登録免許税、不動産取得税、消費税がかかり、売った価額によっては譲渡所得税も出ます。費用の中身は 法人化のやり方は3つ。家賃をどこまで会社に移すかで選ぶ で扱っています。
どう避けるか
相続までの年数を先に見積もり、効果が出るまでの時間が残っているかを確かめてから着手します。年数が残っていないなら、法人化ではなく、個人のままで使える手を先に確かめる順番になります。自宅の土地に効く特例は 自宅の土地が最大8割減 にまとめています。
問題が小さいのは、まだ年数に余裕があり、これから何年も賃貸を続ける前提の人です。移す手続きそのものは 個人から法人へ不動産を移す手続き、土地を動かさない理由は 法人に移すのは建物だけ。土地は個人に残す で扱っています。
6. 詰まりにくいのはどんな人か
ここまでの5か所は、すべての人に等しく効くわけではありません。条件によって、重くも軽くもなります。
| 確かめること | 問題が小さい | 詰まりやすい |
|---|---|---|
| 所得の規模 | 固定費を払っても手取りが増える見込みがある | 節税額と固定費が同じくらい |
| 持ち続ける年数 | 10年単位で持ち、子へ引き継ぐ | 数年以内に売って現金化したい |
| 対象の物件 | 賃貸物件 | 自宅が中心 |
| 生活費の出どころ | 給与・年金など他にもある | 家賃だけでまかなっている |
| 株主にする人 | 子や孫を株主にできる | 本人が株主のまま利益をためる |
| 相続までの時間 | 年数に余裕がある | 相続が近い、判断能力に不安がある |
法人化の負担が重くなるかどうかの見分け方
とくに自宅は個人のまま残すのが基本です。自宅の土地に使える特例や、マイホームを売ったときの特別控除は、個人が持っている場合の制度だからです。また、住宅ローンに付く団体信用生命保険も個人向けの仕組みです。借入のある物件を法人へ移すには、金融機関の承諾が要ります。融資まわりは ローンが残る物件は、銀行の同意なしに会社へ移せない にまとめています。
ここまでを踏まえて「やる」と決めたら、次はどの方式で移すかです。→ 法人化のやり方は3つ。家賃をどこまで会社に移すかで選ぶ
まとめ
- 法人住民税の均等割は赤字の年でもかかります。標準税率は資本金等1,000万円以下の会社で道府県民税が年2万円、市町村民税が従業者50人以下で年5万円。自治体が上乗せすることもあるので、本店所在地で確認します
- 法人は社長1人でも健康保険・厚生年金の対象になります。厚生年金の料率は1,000分の183、健康保険の料率は都道府県ごと。税だけを見て役員報酬を決めると手取りが減ることがあります
- 家賃はいったん法人のものになります。役員報酬は毎月同じ額にしないと損金にならないため、必要なときに必要な額を引き出すことはできません
- 出口は、たたむ(みなし配当・総合課税)か、株式ごと売る(申告分離課税)かで課税の仕方が違います。入口を作る前に出口を決めます
- 移してから3年は評価を下げる仕組みが働きません。費用は先に出るので、相続が近い状態からの着手は効きにくいです
- 所得の規模・持ち続ける年数・対象物件・生活費の出どころ・株主・残り時間の6つで、負担の重さが決まります
次に読む:法人化とは、会社を作ることではなく、家賃の受け皿を移すこと/法人化が得になるのは、所得がいくらからか/法人化のやり方は3つ。家賃をどこまで会社に移すかで選ぶ/大家の社会保険/ローンが残る物件は、銀行の同意なしに会社へ移せない
出典
- 地方税法52条(法人の均等割の税率・道府県民税)、312条(法人の均等割の税率・市町村民税)
- 健康保険法3条(定義・被保険者・適用事業所)、160条(保険料率・都道府県単位保険料率)、161条(保険料の負担及び納付義務)
- 厚生年金保険法6条(適用事業所)、9条(被保険者)、46条(支給停止)、81条(保険料)、82条(保険料の負担及び納付義務)
- 介護保険法9条(被保険者・第2号被保険者)
- 法人税法34条(役員給与の損金不算入)
- 所得税法25条(配当等とみなす金額)
- 租税特別措置法37条の10(一般株式等に係る譲渡所得等の課税の特例)
- 財産評価基本通達185(純資産価額)、189-4(土地保有特定会社の株式又は開業後3年未満の会社等の株式の評価)
- 国税庁タックスアンサー No.1330(配当金を受け取ったとき)・No.1463(株式等を譲渡したときの課税)・No.4638(取引相場のない株式の評価)・No.5211(役員に対する給与)
- 国税庁ウェブサイト、e-Gov法令検索ウェブサイト(確認日:2026年8月7日)
※均等割の額、健康保険の料率、在職老齢年金の基準額、不動産取得税の軽減はいずれも自治体や年度で変わります。租税特別措置は改正で内容と期限が動くため、実行前に最新の法令をご確認ください。法人化が向くかどうかは、所得の規模・持ち続ける年数・家族構成で分かれます。個別の判断は税理士にご相談ください。
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