不動産経営をしていると、最も頭を悩ませるのが「退去時の精算」です。特に3月から4月にかけての引越しシーズン、敷金の返還や原状回復費用を巡って入居者と揉めてしまった経験はありませんか?
「部屋がこんなに汚れているのに、クロスの張り替え費用は全額オーナー負担なの?」 「契約書には書いたはずなのに、特約が無効だと言われた…」
こうしたトラブルは、実は「4つの基本知識」を正しく理解し、契約や立ち会いに臨むだけで、その多くを回避・解決できます。今回は、オーナーとして自分の資産を守るために必須の知識を、実務的な具体例を交えて解説します。
1. 原状回復ガイドライン(国交省)
まず基本となるのが、国土交通省の「原状回復ガイドライン」です。これは法律ではありませんが、裁判でも判断基準にされる「退去精算のルールブック」です。
最大のポイントは、「経年劣化・通常損耗はオーナー負担」という原則です。
- オーナー負担になるもの(家賃に含まれるもの)
- テレビや冷蔵庫裏の壁の黒ずみ(電気ヤケ)
- 家具を置いたことによる床のへこみ
- 日焼けによるクロスや畳の変色
- 入居者負担になるもの(故意・過失)
- タバコのヤニ汚れ、臭い
- 引越し作業でつけた床のキズ
- 結露を放置して拡大したカビ
- 飼育ペットによるキズ・汚れ
【ここがポイント!】 壁紙(クロス)などは「6年」で残存価値が1円になるという考え方が一般的です。入居者が汚したとしても、長く住んでもらった場合は請求できる額が大幅に減ることを知っておきましょう。これを理解していないと、過大な請求をしてトラブルになります。
2. 東京ルール(賃貸住宅紛争防止条例)
東京都の条例ですが、全国の賃貸契約における「契約のあり方」のモデルになっています。 核心は「特約の有効性」と「説明義務」です。
原則はガイドライン通りですが、「契約書に明記し、入居者が納得して署名していれば、例外(特約)を認める」というものです。
【具体例:クリーニング特約】 ガイドライン上、通常の清掃範囲ならクリーニング費用はオーナー負担が原則です。しかし、契約書に「退去時のハウスクリーニング費用は借主負担とする(〇〇円)」と具体的金額を明記し、契約時に説明していれば、入居者に負担してもらうことが可能です。
「なんとなく慣習で」請求するのではなく、契約書という「証拠」が全てです。
3. 善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)
これは「善良なる管理者の注意義務」の略で、「借りている部屋なのだから、自分の物以上に大切に扱いなさい」という入居者の義務です。
これを怠った汚れや破損は、たとえ「わざと」でなくても入居者の全額負担となります。
【よくある違反例】
- 結露の放置: 窓の結露を知っていながら拭き取らず、壁や床を腐食させた。
- 雨の吹き込み: 台風の日に窓を開けっ放しにして、床が水浸しになった。
退去立ち会いの際は、「これは経年劣化ではなく、手入れ不足(善管注意義務違反)による劣化です」と論理的に説明できるかどうかが、交渉の分かれ目になります。
4. 少額訴訟
最後は、話し合いが決裂した場合や、家賃滞納がある場合の「伝家の宝刀」です。 60万円以下の金銭トラブルに特化した、「早くて安い」簡易裁判です。
- 早い: 原則として1回の審理(即日)で判決が出ます。
- 安い: 手数料は数千円〜。弁護士を立てずに自分でできます。
「敷金を返せ」「原状回復費を払え」といった争いや、家賃滞納の回収に有効です。ただし、相手が「普通の裁判で争う」と言えば移行してしまう点や、控訴ができない点には注意が必要です。あくまで「最終手段」としてこのカードを持っていることが、交渉時の精神的な余裕に繋がります。
まとめ
不動産賃貸業は、入居者様との信頼関係で成り立っています。しかし、退去時はお互いの利害が対立しやすいタイミングでもあります。
- ガイドラインで負担区分を知る
- 東京ルール(特約)で契約書を固める
- 善管注意義務で管理不足を指摘する
- 万が一の少額訴訟を知っておく
この4つを押さえておけば、不当な請求をすることも、逆に不当な負担を強いられることもなくなります。 これから繁忙期を迎えますが、今のうちに契約書の内容や、退去時のチェックリストを見直してみてはいかがでしょうか。
税理士・大家としての視点から、今後も役立つ情報を発信していきます!

