アパートや貸家を持つ大家の相続税は、現金や預金の相続とは計算の土台が違います。不動産は時価より低く評価され、貸しているとさらに下がります。その代わり、財産が分けにくく、納税資金が不足しやすいです。この2面性が大家の相続の特殊なところです。この記事は各論に入る前の入口として、大家の相続税がどこで現金と違ってくるかを5つに絞って整理します。
※本記事は一般的な仕組みを解説するものです。登場する事例・金額はすべて架空のモデルです。個別の税務・法務相談ではありません。
→ 相続対策全体の進め方は 相続対策の全体像 にまとめています。
この記事でわかること
- 相続税がかかるかどうかは、基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)でまず確認できること
- 土地は路線価、建物は固定資産税評価額で評価され、時価より低くなる仕組み
- 貸すと評価がさらに下がる理由(貸家建付地・貸家)と、空室・2027年改正の注意点
- 小規模宅地等の特例(貸付事業用は200㎡まで50%減)の概要と落とし穴
- 賃貸経営の引き継ぎ・借入金・生前贈与という、大家ならではの論点
- 対策は「分け方→納税資金→節税」の順で考える理由
1. まず「かかるかどうか」を確認する──基礎控除と10か月の期限
相続税は、すべての相続にかかる税金ではありません。正味の遺産額(財産から借入金などの債務と葬式費用を差し引いた額)が基礎控除=3,000万円+600万円×法定相続人の数を超える場合に、超えた部分へかかります。
たとえば相続人が配偶者と子2人なら、基礎控除は3,000万円+600万円×3人=4,800万円です。正味の遺産がここに収まれば、相続税はかからず申告も原則不要です。大家の場合は物件の評価額しだいなので、まず自分の家の基礎控除額と財産の概算を並べるところが出発点になります。→ 基礎控除の確認のしかた
かかる場合、申告と納税の期限は相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。税率は10%から55%までの累進ですが、各人の取得額に直接税率を掛けるのではなく、課税遺産総額を法定相続分で分けたと仮定して総額を計算する方式(法定相続分課税方式)を取ります。つまり、実際にどう分けるかに関係なく、まず家全体の税額が決まる仕組みです。
2. 不動産の評価は時価より低い──貸すとさらに下がる
大家の相続税を考えるうえでいちばんの土台が、財産の「評価」です。現金1億円は1億円のまま課税されますが、不動産は違います。
| 財産の持ち方 | 相続税評価の目安 |
|---|---|
| 現金・預金 | 額面どおり |
| 更地(自分で使う土地) | 路線価ベース。路線価は公示価格の8割程度を目安に定められる |
| 自分で使う建物 | 固定資産税評価額。建築費より低い水準になるのが一般的 |
| 貸しているアパートの土地(貸家建付地) | 自用地評価×(1−借地権割合×借家権割合30%×賃貸割合)でさらに下がる |
| 貸しているアパートの建物(貸家) | 固定資産税評価額×(1−借家権割合30%×賃貸割合)でさらに下がる |
評価の仕組みの概要。借地権割合は地域により30〜90%で異なる
貸している不動産の評価が下がるのは、入居者(借家人)の権利がある分、所有者が自由に使えないからです。架空の数字で規模感を見てみます。
【モデル事例】高橋さん(仮)は、路線価評価8,000万円の土地(借地権割合60%の地域)にアパートを建てて満室で貸しています。建物の固定資産税評価額は4,000万円。土地は貸家建付地として8,000万円×(1−0.6×0.3)=約6,560万円、建物は貸家として4,000万円×0.7=2,800万円、合計約9,360万円の評価になります。時価があわせて1.8億円前後なら、課税の土台はその半分程度です。数字はすべて概算の架空モデルです。
土地の評価方法そのもの(路線価方式・倍率方式や補正の考え方)は → 土地の相続税評価 をご覧ください。
3. 小規模宅地等の特例──貸付事業用は200㎡まで50%減
小規模宅地等の特例も、評価とあわせて大家に効きます。要件を満たすと、アパートや貸家、駐車場(構築物のあるもの)などの貸付事業用の宅地は200㎡まで50%減額されます。自宅の敷地(特定居住用)は330㎡まで80%減で、貸付用と併用する場合は面積の調整計算があり、枠を食い合います。
使うときの前提を挙げます。
- 申告して初めて適用される。特例を使った結果、税額がゼロになる場合でも申告は必要です。「税額ゼロだから申告不要」と放置すると特例そのものを失います
- 遺産分割が決まっていること。申告期限までに取得者が確定していない宅地には原則使えません
- 3年縛りがある。相続開始前3年以内に新たに貸し付けた宅地は原則対象外です(事業的規模で3年を超えて貸付事業を続けている場合の例外あり)。「相続が近いから急いでアパートに」では間に合いません
どの土地に何㎡分を使うかで税額が大きく変わるため、対象地が複数ある大家ほど設計が重要です。要件と選び方の詳細は → 小規模宅地等の特例 にまとめています。
4. 大家ならではの論点──引き継ぎ・借入金・生前贈与
(1) 賃貸経営そのものを誰が継ぐか
大家の相続は、財産の分割と同時に「経営の引き継ぎ」でもあります。入居者との契約、敷金の返還債務、管理会社や保証会社との契約、借入金の返済が、そのまま相続人に引き継がれます。物件を相続人の共有にすると、修繕や売却のたびに全員の合意が要り、身動きが取れなくなりがちです。物件ごとに承継者を決めておくのが基本です。
また、亡くなった年の家賃収入は、相続人が4か月以内に準確定申告をします。→ 準確定申告の期限と手順
(2) 借入金は債務控除。ただし借金自体に節税効果はない
アパートローンなどの借入金は、財産から差し引ける「債務控除」の対象です。ただし誤解が多いところで、借金をすること自体に相続税を減らす効果はありません。1億円借りて現金1億円を持てば、プラスとマイナスが相殺されて差し引きゼロです。評価の低い財産に変わって初めて差が生じます。
団体信用生命保険(団信)付きの借入は、死亡時に保険で完済されるため、債務控除の対象になりません。そして、相続直前の借入による物件購入で評価と時価の差を大きく作るような行き過ぎた対策は、路線価等によらず時価で課税されて否認された最高裁判例があります。
(3) 生前贈与の持ち戻しは3年から7年へ
亡くなる前の一定期間に相続人へ贈与した財産は、相続財産に足し戻して課税されます(生前贈与加算)。この期間が3年から7年へ延長されつつあります。2026年12月31日までに開始した相続は従来どおり3年ですが、2027年1月以後の相続から段階的に延び、2031年以後に開始する相続で完全に7年になります。延長部分(相続開始前3年より前の贈与)は総額100万円まで加算されません。贈与で財産を移すなら、早く始めるほど効く仕組みに変わったということです。→ 生前贈与の7年加算
5. 対策の順番──分け方、納税資金、節税
大家の相続対策は、節税から入ると失敗しやすくなります。遺産分割が決まらないと、配偶者の税額軽減も小規模宅地等の特例も使えず、節税の設計そのものが崩れるからです。順番は次のとおりです。
大家の相続対策の順番
- 1分け方を決める物件ごとの承継者を決め、遺言などで形にする。共有は避ける
- 2納税資金を確かめる期限は10か月・原則現金一括。生命保険の非課税枠(500万円×法定相続人の数)も納税資金づくりに使えます
- 3節税はその後評価減・特例・生前贈与は、分け方と納税資金が固まってから設計します
- 4定期的に見直す5年ルール・7年加算など制度は動き続けている。税理士と定点で確認する
不動産が多い家ほど「分けにくく、払いにくい」構造なので、この順番の意味が重くなります。配偶者にまとめて渡して目先の税額を抑えると、次の相続で税額が跳ね上がることもあります。→ 相続対策とは何をすることか/二次相続のシミュレーション
まとめ
- 大家の相続税は「評価は下がるが、分けにくく払いにくい」という2面性を持ちます
- まず基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)で、かかるかどうかを確認します。申告・納税の期限は10か月
- 土地は路線価、建物は固定資産税評価額で評価され、貸すと貸家建付地・貸家としてさらに下がります。ただし空室部分には効きません
- 小規模宅地等の特例は貸付事業用200㎡まで50%減。申告が要件で、3年縛りがあります
- 借入金は債務控除の対象だが、借金自体に節税効果はありません。団信付きの借入は債務控除の対象外
- 対策は分け方→納税資金→節税の順。2027年からは貸付用不動産の5年ルールも始まります
次に読む:基礎控除の確認のしかた/土地の相続税評価/小規模宅地等の特例/賃貸不動産の5年ルール/相続対策とは何をすることか
出典
- 国税庁タックスアンサーNo.4102「相続税がかかる場合」・No.4155「相続税の税率」
- 国税庁タックスアンサーNo.4124「小規模宅地等の特例」(租税特別措置法69条の4)
- 国税庁タックスアンサーNo.4126「相続財産から控除できる債務」・No.4161「贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」
- 国税庁タックスアンサーNo.4602「土地家屋の評価」・No.4614「貸家建付地の評価」(財産評価基本通達25、26)
- 令和8年度税制改正大綱(貸付用不動産の評価の見直し)
- 国税庁ウェブサイト(確認日:2026年8月7日)
※評価額・税額はすべて架空の概算モデルです。借地権割合・賃貸割合・特例の適用可否は物件と家族の状況で変わり、税額は大きく動きます。個別の判断は、財産の一覧を手元に用意したうえで税理士など専門家にご相談ください。
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- 大家の相続税──評価が下がる仕組みと、不動産オーナーならではの論点いま読んでいる記事
この記事は 相続対策 工程9「相続税がかかるか判定する」/相続手続き STEP 7「相続税を申告して納める」 でも紹介しています。
12工程の全体像を見る「相続対策」の入口は2つあります
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