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相続時精算課税を選ぶ前に──年110万円は足し戻されないが、二度と暦年課税に戻れない

公開 2026.08.21 相続対策 筆者:宍倉奎次郎(税理士・宅地建物取引士・大家)

「2,500万円まで贈与税がかからない制度がある」——相続時精算課税は、そう紹介されがちです。ですが、この説明はいちばん大事なところを飛ばしています。これは贈与税をなくす制度ではなく、贈与税を後回しにして相続税でまとめて精算する制度です。

令和6年から、この制度に年110万円の基礎控除が付きました。この110万円は相続のときに足し戻されません。ここだけ見れば、暦年課税より強い枠です。

問題は、一度選ぶと、その人からの贈与は二度と暦年課税に戻せないこと。しかも渡した宅地には小規模宅地等の特例が使えません。賃貸物件を持つ方には、ここが分かれ目になります。

結論から言うと、こうです。

相続時精算課税は「相続税を減らす制度」ではなく、「渡す時期を自分で決める制度」です。年110万円までは相続財産から確実に外れ、値上がりする財産や収益物件を先に渡す設計にも使えます。一方で、届出は撤回できず、渡した宅地の小規模宅地等の特例は失われ、登録免許税と不動産取得税もかかります。使うかどうかは、渡したい財産の中身で決まります。

※本記事の数値例は国税庁の設例に基づきます。一般的な仕組みを解説するもので、個別の税務相談ではありません。

→ 全体の流れは 相続対策の全体像。この記事は章5「相続税に対策する」の解説です。章の総論は 相続税に対策する──節税3つの方法と、やりすぎの線、暦年課税との比較そのものは 相続税を減らす3つの柱 にあります。ここでは精算課税そのものの中身を扱います。

この記事でわかること


1. 骨格──税金を消すのではなく、判断を相続まで持ち越す

精算課税を選ぶと、その人からの贈与は次の順で計算します。

特別控除2,500万円は、使い切るまで翌年以降に持ち越されます。④で納めた贈与税を引ききれなければ還付されます(同33条の2)。

つまり2,500万円分の贈与税が消えるのではなく、判断が相続税の計算まで持ち越されるということです。

選べる人と、判定日が2つあること

注意点が2つあります。年齢と続柄で判定日が違います。18歳・60歳は「贈与の年の1月1日」、推定相続人かどうかは贈与の日で判定します(相続税法基本通達21の9-1)。

もうひとつ。孫は相続税法21条の9には書かれていません。子が健在なら孫は推定相続人ではないからです。「子・孫」とひとまとめにすると条文が合わなくなります。

なお住宅取得等資金の贈与に限り、贈与する人が60歳未満でも選べます。適用期間は令和8年12月31日までです(租税特別措置法70条の3第1項)。

→ 誰が推定相続人かは 相続人を知る──法定相続人の数え方 で確認できます。


2. 戻せない──取り返しのつかない場面は2つある

この制度でいちばん重いのは、条文のこの一文です。

相続時精算課税適用者は、第二項の届出書を撤回することができない。(相続税法21条の9第6項)

届出書を出した年分以後、その人からの贈与はすべて精算課税になります。ただし戻せないのはその贈与者からの贈与だけです。制度は贈与者ごとに選ぶので、父は精算課税・母は暦年課税という組み合わせはできます。離縁などで推定相続人でなくなった後も、適用は続きます(同条5項)。

そして、性質の違う「取り返しのつかなさ」が2つあります。

落とすもの 何が起きるか
届出書を出さない 精算課税を使えない。その年は暦年課税で確定する
期限内申告をしない 精算課税は続くが、特別控除2,500万円だけ使えなくなる

どちらにも救済はありません。通達は「ゆうじょ規定は設けられていない」と明記しています(相続税法基本通達21の9-3注1、同21の12-1注)。

後者がとくに怖い形です。国税庁の設例では、株式を100万円と思い込んで届出書だけ提出し、後に正当額500万円と判明して期限後申告になったケースを扱っています。届出書は無効になりませんが特別控除は使えず、税額は(500万円−110万円−0円)×20%=78万円になります(資産課税課情報第12号 問2-1)。

暦年課税に戻れないのに、2,500万円だけ失う。評価が動きやすい不動産を渡すときほど、この形に落ちる危険があります。

なお相続税法21条の12第3項に「やむを得ない事情」の救済がありますが、これは期限内申告書は出したうえで記載が漏れた場合の話です。申告書を出さなかった場合の救済ではありません。


3. 年110万円──「贈与者ごと」ではなく「もらう人ごと」

令和6年1月1日以後の贈与から、精算課税にも年110万円の基礎控除ができました。誤りの多いところなので順に確認します。

まず条文の建て付けです。相続税法21条の11の2第1項は、いまも「贈与税の課税価格から六十万円を控除する」と書かれています。110万円にしているのは租税特別措置法70条の3の2第1項です。

110万円は、父と母で分け合う

ここが最大の誤解ポイントです。通達は「相続時精算課税に係る基礎控除の額は、各年分において、相続時精算課税適用者ごとに110万円である」としています(相続税法基本通達21の11の2-1)。同じ年に2人から受けたときは、課税価格で按分します。

国税庁の例です(タックスアンサーNo.4410)。

贈与者 贈与額 基礎控除(110万円を按分)
600万円 ×600/1,000=66万円
400万円 ×400/1,000=44万円

父から110万円・母から110万円で年220万円が非課税、にはなりません。合計110万円です。

特別控除2,500万円は逆で、贈与をした人ごとに累計2,500万円まで使えます。「基礎控除はもらう人ごと、特別控除はあげる人ごと」と対で覚えると間違えません。

暦年110万円とは別枠。ただし相手が別人のときだけ

国税庁の計算例です。父から1,000万円を精算課税で、母から400万円を暦年課税で受けた年。父の分は基礎控除110万円と特別控除890万円で0円、母の分は400万円−110万円=290万円になります。

ただし「別枠」なのは相手が別人のときに限ります。精算課税を選んだ相手からの贈与に、暦年課税の110万円は使えません(相続税法21条の11、租税特別措置法70条の2の4第1項後段の読替え)。同じ父からさらに110万円もらっても、暦年の枠は立ちません。

110万円以下なら申告不要。でも初年度の届出書は必須

その年に精算課税で受けた贈与が110万円以下なら、その分については贈与税の申告書は要りません。ただし別に暦年課税で受けた贈与があれば、そちらで申告が必要になることがあります(相続税法28条1項)。

そして、その人について初めて選ぶ年だけは別です。申告書が不要でも、届出書は単独で出さなければなりません。届出書には「贈与税の申告書を提出しないため単独で提出します」というチェック欄があります(相続税法施行規則10条1項4号)。「110万円以下だから何もしなくていい」は事故になります。

110万円までは相続財産に足し戻されない

加算されるのは「贈与により取得した財産の価額から基礎控除をした残額」です(相続税法21条の15第1項)。計算は年分ごとに行い、父から3年続けて1,000万円ずつなら(1,000万円−110万円)×3年=2,670万円が加算されます。

暦年課税との違いはここです。暦年の110万円は加算対象期間に入れば足し戻されますが、精算課税の110万円は亡くなる直前の贈与でも足し戻されません。残り時間が読みにくい場面ほど、この差が効きます。

ただし令和5年12月31日以前の精算課税の贈与には基礎控除がなく、贈与時の価額が全額加算されます(同基本通達21の15-2注3)。すでに何年も前に選んでいる方は、ここで線が引かれます。

→ 暦年課税側の足し戻しは 生前贈与加算の7年ルール で扱っています。


4. 足し戻されるのは「贈与時の価額」──値下がりは戻らない

加算する価額は相続時の時価ではなく、贈与の時の価額です(相続税法21条の16第3項1号)。通達も「相続開始時における当該財産の状態にかかわらず」と明示しています(同基本通達21の15-2)。

これは両刃です。値上がりした分は相続税の対象になりませんが、値下がりしても高いままの価額で加算されます。賃貸物件は空室が増えれば収益が落ち、地価も動きます。それでも加算額は動きません。

もうひとつ。「贈与時に申告した額で固定される」わけではありません。贈与税の除斥期間が過ぎた後に評価の誤りが判明しても、相続税では是正後の贈与時の価額で加算されます。国税庁の設例は、申告500万円・正当額900万円の土地で850万円が加算されるとしています(資産課税課情報第12号 問2-4)。

救済は災害だけ。しかも範囲は狭い

値下がりへの救済は災害の特例ひとつです(租税特別措置法70条の3の3)。使える条件はこうです。

この特例は相続税の計算の特例です。被災しても、贈与時に納めた20%の贈与税が戻るわけではありません。

還付は自動ではない。相続で何も受け取らなくても、相続税の計算には入る

納めた贈与税を引ききれない分は還付されますが、条文は「申告書が提出された場合に限り、適用する」としています(相続税法33条の2第4項)。相続税がかからない家庭でも、還付を受けるには相続税の申告が要ります。期限は相続開始の日の翌日から5年です。

また、精算課税適用者が相続や遺贈で何も取得しなくても、その財産は「相続により取得したものとみなす」と扱われます(同21条の16第1項)。「相続では何ももらっていないから関係ない」は誤りです。足し戻した課税価格の合計額が基礎控除を超えれば、申告義務者になります(同27条1項)。

これは孫に使うときに効きます。精算課税を選んだ孫は「財産を取得した者」とみなされるため、それ以前にその贈与者から受けていた暦年贈与まで生前贈与加算の対象になります。加えて、亡くなった人の子が先に死亡していて代わりに相続人となった孫(代襲相続人)でなければ、相続税額の2割加算がかかります(同18条1項)。孫への使用は、この2つを確認してからです。


5. 収益物件を渡す──家賃は移るが、価額は止まらない

国税庁は「贈与財産の種類、金額、贈与回数に制限はありません」としています。制度上、収益物件そのものを渡すこともできます。

所有者が子になれば、それ以後の家賃は子の不動産所得になります(所得税法26条1項・12条、所得税基本通達12-1)。親の手元に家賃が積み上がらず、子の側に納税資金が貯まる。これが収益物件を先に渡す最大の理由です。

ただし常に得とは限りません。子に他の所得があれば合算されて累進税率が上がります。国民健康保険料や扶養の判定にも響きます。減価償却が終わった築古物件は、経費が少なく所得が大きく出ます。渡す前に、子の側の所得を試算しておくべきです。

その物件を子が売るときにも影響があります。贈与で取得した資産は、親の取得費と取得の時期をそのまま引き継ぎます(所得税法60条1項1号)。築古で取得費が小さければ、売却時の譲渡所得は大きく出ます。

なお年110万円の枠を効かせたいなら、建物の一括贈与とは相性がよくありません。評価額が110万円をはるかに超えるからです。持分を毎年少しずつ渡す家賃相当の現金を毎年渡すかになりますが、持分の共有はその後の売却や建替えの判断を重くします。

「贈与時の価額で固定できる」という前提も動く

令和8年度税制改正で、取得から5年以内の貸付用不動産の評価を見直す方向が示されました。適用は令和9年1月1日以後に相続等により取得する財産からです。

つまり「贈与時の価額で固定される」という前提そのものが、渡す時期によって変わります。対象の範囲・評価方法・経過措置は 賃貸不動産の「5年ルール」 にまとめています。収益物件を精算課税で渡すなら、必ず先に読んでください。

納税資金5つの出どころ不動産は分けられない──4つの分け方と税金


6. 大家が失うもの──小規模宅地・登録免許税・不動産取得税

渡した宅地に小規模宅地等の特例は使えない

小規模宅地等の特例は、条文の書き出しが「個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに」です(租税特別措置法69条の4第1項)。贈与で取得した宅地は、そもそも入り口に入りません。国税庁も「相続時精算課税に係る贈与によって取得した宅地等については、この特例の適用を受けることはできません」としています(タックスアンサーNo.4124)。

失うのは自宅の土地だけではありません。アパートの敷地も、貸付事業用宅地等として200㎡まで50%減の対象になり得ます。精算課税で渡せば、その敷地についてこの枠が消えます(特定居住用は330㎡まで80%減、特定事業用は400㎡まで80%減)。

ただし対象は建物または構築物の敷地に限られます(同条1項)。青空駐車場のように構築物のない土地は、そもそも入り口が違います。判定は次の記事へ送ります。

そして射程を広げすぎないでください。使えなくなるのは「渡したその宅地」だけで、相続で取得する他の宅地には従来どおり適用できます。暦年課税の贈与で渡した宅地も同じ理由で対象外なので、精算課税だけの不利ではありません。

→ 特例の要件と、貸付事業用の3年しばり(相続開始前3年以内に貸し始めた土地は原則対象外)は 自宅の土地が最大8割減──小規模宅地等の特例を落とさない にあります。

渡す瞬間にかかる税金

相続 贈与
登録免許税 千分の四(0.4%) 千分の二十(2%)
不動産取得税 非課税 課税

登録免許税は5倍です(登録免許税法別表第一 第一号(二))。課税標準は実勢価格ではなく固定資産課税台帳の価格を基礎とします(同法附則7条)。

不動産取得税は、相続による取得が非課税と定められている一方(地方税法73条の7第1号)、贈与はこの列挙にないため課税されます。標準税率は4%ですが、住宅と土地は令和9年3月31日までの取得なら3%、宅地の課税標準は価格の2分の1です(同法附則11条の2・11条の5)。

ここは注意が要ります。3%になるのは「住宅又は土地」だけで、店舗・事務所・倉庫などの非住宅家屋は本則の4%のままです。どちらも時限措置なので、実行前に期限を確認してください。


7. 借入金が残ると時価評価、建物だけ渡すと土地の減額を失う

債務を承継させると、評価が時価に跳ね上がる

債務を承継させる形で不動産を渡すと負担付贈与になります。この場合の価額は「当該取得時における通常の取引価額に相当する金額」で評価します(平成元年3月29日付 直評5・直資2-204)。路線価や固定資産税評価額による圧縮が、まるごと消えます。

さらに贈与した親の側にも所得税がかかります。国税庁は「贈与者は、負担額でその贈与財産を譲渡したことになります」としています(タックスアンサーNo.4426)。借入金の残る物件は、精算課税以前の問題として設計が変わります。金融機関の債務者変更の実務も絡むので、動かす前に個別の確認が必要です。

敷金は、同じ額の現金を一緒に渡す

敷金の返還義務も「負担」に当たりえます。国税庁の質疑応答事例には、父が長男に賃貸アパートを贈与し敷金相当の現金も同時に贈与した事例で「負担付贈与通達の適用はありません」と回答したものがあります。ただしこれはその事実関係を前提とした回答で、金額が一致し同時に行われていることが前提です。「現金を付ければ必ず大丈夫」と単純化しないでください。

建物だけ渡すと、親の土地が自用地評価になる

実務でよく使われるのが「建物だけを子へ、土地は親のまま」という形です。土地の評価を動かさず、家賃だけを移せるからです。

ここに落とし穴があります。敷地を無償で使わせる(使用貸借にする)と、親の相続時にその土地は自用地として評価されます(昭和48年11月1日付 直資2-189外 3)。人に貸す建物が建っている土地としての減額(貸家建付地。財産評価基本通達26)ではなく、自分で使っている土地と同じ扱いになるということです。

一方で、建物だけを渡しても子に借地権の贈与税は生じません(同通達1)。「では地代を取れば」と考えたくなりますが、地代を取ると使用貸借から外れ、土地の権利をどう扱うかという別の話が始まります(同通達1)。加えて、その分の所得が親に戻り、家賃を子へ移すという当初の目的も薄まります。

なぜ建物だけを法人へ移すのか土地の課税を届出で防ぐ


8. 手続き──届出書と申告の期限

贈与者が年の途中で亡くなった場合は扱いが変わります。その年の贈与税の申告は不要で(相続税法28条4項)、届出書は贈与者の死亡に係る相続税の納税地の所轄税務署長へ出します。期限は贈与税と相続税の申告期限のうち早い日までです。

また、贈与者より先に受贈者が亡くなった場合、精算課税に伴う納税の権利義務は受贈者の相続人が承継します(同21条の17第1項)。「戻せない」の射程は一代で終わりません。


9. あなたは選ぶ側か、選ばない側か

向いている場面

向いていない場面

ひとつ、誤解しやすい点

精算課税に切り替えても、それ以前の暦年課税の贈与は消えません。加算対象期間内であればそのまま足し戻されます。国税庁の設例でも、精算課税分の加算が0円でも過去の暦年贈与500万円が加算されるとしています(資産課税課情報第12号 問1-2)。「リセットできる制度」ではありません。

そして、贈与も届出も本人に判断能力があるうちにしかできません。実質的な期限は、亡くなる日ではなく判断できなくなる日です。認知症のリスクを考える


まとめ

次に読む:相続税を減らす3つの柱(暦年課税との比較はこちら)/生前贈与加算が3年→7年に小規模宅地等の特例賃貸不動産の「5年ルール」名義預金にしない5つの作法大家の相続税


出典

※本記事は令和8年(2026年)8月21日時点の法令・通達に基づいています。精算課税の年110万円は租税特別措置法70条の3の2による特例で、相続税法21条の11の2第1項の額(60万円)そのものではありません。不動産取得税の3%・宅地の課税標準2分の1は令和9年3月31日までの時限措置です。貸付用不動産の評価の見直しは大綱に基づく解説で、対象範囲は改正後の法令と通達で確定します。精算課税を選ぶかどうかは、財産の内訳・面積・相続人の構成・将来の分け方で結論が変わります。個別の判断は税理士にご確認ください。なお、遺言・遺留分など法務の組成、登記手続は弁護士・司法書士の領域です。

「相続対策」の入口は2つあります

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宍倉奎次郎
税理士・宅地建物取引士・大家
宍倉 奎次郎

税理士・宅地建物取引士。自身も賃貸物件を持つ大家の立場から、法人化・相続・不動産管理まわりの税務を、制度と判例にもとづいて解説しています。記事内の事例はすべて架空のモデルケースです。制度・税率・判例は年度で変わります。個別具体的な判断は、不動産税務に強い税理士へご確認ください。

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