「現金で持っているより、賃貸不動産に換えたほうが相続税は下がる」──30年以上、相続対策の入口で語られてきた話です。この前提が、2027年1月1日を境に変わります。
令和8年度税制改正で、亡くなる前5年以内に買った(建てた)賃貸用の不動産は、路線価や固定資産税評価額ではなく「時価」で評価するという見直しの方向が示されました。俗に「5年ルール」と呼ばれ始めています。
結論から言うと、こうです。
「買って圧縮する」対策は、取得から5年間だけ効かなくなります。一方で、もともと持っている土地に建てるケースには経過措置が置かれており、扱いが分かれます。そして小規模宅地等の特例までなくなるわけではありません。「相続対策としての不動産購入」は終わりませんが、タイミングを外すと効かないものに変わりました。
※本記事の人物・金額はすべて架空のモデル事例です。一般的な仕組みを解説するもので、個別の税務相談ではありません。
→ 相続対策の全体像は 相続対策 完全ガイド。この記事は STEP 5「税金を減らす(節税対策)」 の各論です。
この記事でわかること
- 5年ルールの骨子(対象・評価方法・適用時期)を1枚の表で
- なぜ今まで「買うと下がった」のか。その4段階の仕組み
- 1億円で買った物件が、改正前後でいくらの評価になるか
- もともと持っている土地に建てる場合の経過措置と、その「二重条件」
- 小規模宅地等の特例は影響を受けるのか
- 「令和8年中に贈与してしまえばいい」の是非と、3つのデメリット
- まだ決まっていないこと(改正通達待ちの論点)
1. 何が変わるのか──改正の骨子
まず全体を1枚で押さえます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 被相続人等が課税時期前5年以内に、対価を伴う取引により取得または新築をした「一定の貸付用不動産」 |
| 評価 | 課税時期における通常の取引価額(=時価)に相当する金額 |
| 簡便法 | 課税上の弊害がない限り、取得価額を基に地価の変動等を考慮して計算した価額の 100分の80 |
| 適用時期 | 令和9年(2027年)1月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得する財産の評価から |
| 経過措置 | 改正を通達に定める日までに、被相続人等がその所有する土地(同日の5年前から所有しているものに限る)に新築をした家屋(同日において建築中のものを含む)には適用しない |
| 不動産小口化商品 | 取得時期を問わず時価評価へ(事業者等が示した適正な処分価格・買取価格等、または定期報告書記載の価格を参酌) |
ポイントは3つあります。
① 期間で切られた。 これまで、不動産の評価が否認されるかどうかは「財産評価基本通達の総則6項」という個別判断に委ねられていました。今回はそれを「5年」という一律の線に置き換えたわけです。予測はしやすくなりましたが、そのぶん逃げ場もありません。
② 「対価を伴う取引による取得」が対象。 買った・建てた場合が対象で、贈与や相続で受け取った不動産は対象外と読めます。
③ 「貸付用」に限られる。 自宅や、自社で使う事業用の不動産は対象外です。あくまで人に貸している不動産の話です。
なぜこの改正が来たのか。 理由は「公平性」です。同じ1億円を持っていても、現金のままなら1億円で課税され、賃貸マンションに換えれば6,000万円で課税される──この差が大きすぎるのではないか、という問題意識です。令和6年に区分所有マンションの評価が見直された(いわゆる「タワマン節税」への対応)のと、まったく同じ構造の改正といえます。
2. なぜ今まで「買うと下がった」のか──4段階の掛け算
改正のインパクトを測るには、まず現行の仕組みを分解しておく必要があります。評価が下がるのは、次の4段階が掛け算になるからです。
| 段階 | 何が起きるか | 目安 |
|---|---|---|
| ① 時価 → 相続税評価額 | 土地は路線価(公示価格の約80%)、建物は固定資産税評価額(建築費の5〜6割) | ここで最大の圧縮が起きる |
| ② 自用 → 賃貸 | 建物は借家権割合30%減、土地は貸家建付地(借地権割合×30%)で約2割減 | 人に貸すことで下がる |
| ③ 小規模宅地等の特例 | 貸付事業用宅地等は200㎡まで50%減 | 面積に限度あり |
| ④ 債務控除 | 借入金は額面で課税価格から差し引く | ※後述のとおり借入自体に減税効果はない |
モデル事例: 田中さん(仮)が現金1億円で、土地5,000万円・建物5,000万円の賃貸アパートを取得したとします。土地は路線価で4,000万円→貸家建付地で約3,280万円、建物は固定資産税評価額2,500万円→貸家で1,750万円。合計約5,030万円。1億円の現金が、約半分の評価になりました。
ここでいちばん誤解されること──借入そのものに減税効果はない
「借金をすると相続税が減る」とよく言われますが、これは正確ではありません。
1億円を借りて1億円の現金を手元に置いているだけなら、資産1億円・負債1億円で、課税価格の増減はゼロです。減税の正体は借入ではなく、「その1億円を、評価が下がる資産に換えたこと」にあります。借入は中立です。
そして借入には利息という確実なコストが乗ります。相続税が6,000万円減っても、30年返済の支払利息総額が7,500万円なら、差し引きでは損です。空室が2割出れば、毎年数百万円の持ち出しになることもあります。
建てる前なら中止も減額もできますが、建てた後にできることは多くありません。建てた瞬間、その土地の価値は「更地としていくらで売れるか」ではなく「その建物でいくら稼げるか」に縛られます。
→ 借入と法人化を組み合わせるかどうかは 不動産の法人化は本当に得か もあわせてご覧ください。
3. 改正後はいくらになるか
では、5年ルールが適用されるとどうなるか。
簡便法(取得価額ベースの80%)で計算した場合、1億円で取得した物件の評価は約8,000万円です。地価の変動を考慮するので機械的に8割とは限りませんが、目安はここです。
| 現行(〜令和8年) | 改正後(令和9年〜/取得5年以内) | |
|---|---|---|
| 1億円で取得した賃貸不動産の評価 | おおむね 5,000〜7,000万円 | 約8,000万円(簡便法) |
| 圧縮率 | 3〜5割減 | 2割減 |
圧縮率が「5割前後」から「2割」に落ちる、と理解しておけば大きく外しません。
そして重要なのは、5年を超えて保有すれば従来どおりの評価に戻るという点です。つまりこの改正は「不動産による評価圧縮の廃止」ではなく、「駆け込みで買う対策の封じ込め」です。相続が近づいてから慌てて買っても効かない、というルールに変わったということです。
4. もともと持っている土地に建てる場合──経過措置の「二重条件」
地主・既存オーナーにとって、いちばん気になるのがここでしょう。
経過措置はこう書かれています。
改正を通達に定める日までに、被相続人等がその所有する土地(同日の5年前から所有しているものに限る)に新築をした家屋(同日において建築中のものを含む)には適用しない
条件が二重になっています。
- 土地を「通達に定める日の5年前から」所有していること
- その日までに家屋を新築していること(着工済み・建築中を含む)
この両方を満たす建物は、従来どおりの評価(固定資産税評価額ベース+借家権30%減)で通ります。
逆に言えば、通達に定める日より後に着工する建物は、竣工から5年以内に相続が起きれば新ルールの対象になります。5年を超えて生きていれば従来どおりに戻る、という二段階の構造です。
つまり「地主だから安全」ではなくなりました。「いつ建てたか」が全てです。
モデル事例: 先祖代々の土地を持つ佐藤さん(仮・78歳)が、いま賃貸マンションの建築を検討しているとします。通達に定める日までに着工できれば経過措置の対象。間に合わなければ、竣工から5年以内に相続が起きた場合に新ルールで評価されます。着工時期が、そのまま評価額の差になるわけです。
なお「通達に定める日」がいつになるかは、改正通達の公表を待つ必要があります。この日付が実務上いちばん重い数字になります。
5. 小規模宅地等の特例はどうなるか
「評価が上がるなら、小規模宅地等の特例も使えなくなるのでは」と心配される方がいますが、現時点では従来どおり使えると読むのが実務の見方です。
理由は単純で、今回の見直しは財産評価基本通達(=評価のルール)の話であり、小規模宅地等の特例は租税特別措置法(=法律)に根拠があるからです。大綱には措置法の改正に関する記載がありません。
したがって、5年ルールで評価が8,000万円に上がった貸付用不動産についても、貸付事業用宅地等として200㎡まで50%減は従来どおり適用できる見込みです。
ただし、貸付事業用の特例には「相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供した宅地は対象外」という別の3年縛りがあります(事業的規模で3年超継続している人は除く)。5年ルールとは別のルールなので、混同しないでください。
→ 小規模宅地等の特例そのものは 自宅の土地が最大8割減──小規模宅地等の特例を落とさない で扱っています。
「3年」と名の付くルールの整理
| ルール | 内容 |
|---|---|
| 貸付事業用の3年 | 相続開始前3年以内に新たに貸付けた宅地は小規模宅地等の特例の対象外(事業的規模で3年超継続なら除く) |
| 株式評価の3年 | 課税時期前3年以内に法人が取得した土地・建物は、純資産価額の計算上「通常の取引価額」で評価 |
| 取得費加算の3年 | 相続税の申告期限の翌日から3年以内に売れば、相続税額の一部を取得費に加算できる(納税者に有利なルール) |
6.「令和8年中に贈与すればいい」は正しいか
改正が令和9年1月1日以後の相続からなので、「それまでに贈与してしまえば現行の評価で固定できる」という話が出ています。相続時精算課税を選べば、贈与時の価額で固定されるのは事実です。
ただ、無条件に得とは言えません。デメリットが3つあります。
| # | デメリット | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | 小規模宅地等の特例が使えなくなる | この特例は相続・遺贈で取得した宅地が対象。贈与で渡すと使えません。200㎡×50%減を失う影響は、評価差より大きいことがあります |
| 2 | 不動産取得税がかかる | 相続による取得なら非課税ですが、贈与は課税されます |
| 3 | 登録免許税が2% | 相続なら0.4%。5倍です |
モデル事例で比べてみます。 評価8,000万円・200㎡の貸付用土地建物があるとします。相続で取得すれば小規模宅地等の特例で土地部分が50%減、登録免許税は0.4%。贈与で先に渡せば評価は現行基準で固定できるものの、特例は使えず、不動産取得税と2%の登録免許税がかかります。どちらが有利かは、土地と建物の評価の内訳・面積・相続人の構成で逆転します。
「令和8年中の贈与が正解」と一般論で決めないこと。必ず両パターンで試算してから決める論点です。
→ 贈与の期間ルールについては 生前贈与加算が3年→7年に もあわせてどうぞ。
7. まだ決まっていないこと
大綱段階の情報なので、改正通達で確定する部分が残っています。記事執筆時点(2026年7月)で未確定なのは、主に次の点です。
- 「一定の貸付用不動産」の範囲──相続発生時に空室だった物件、月極駐車場、親族への低額貸付、貸宅地(底地)はどう扱われるのか
- 「地価の変動等を考慮」の具体的な計算方法
- 経過措置の「通達に定める日」がいつか
したがって、いま確定的な結論を出して動くべきではありません。とくに大型の取得・建築を検討している場合は、通達の公表を織り込んだスケジュールを引くことをおすすめします。
8. いま何をすべきか
読者の立場別に、やることを整理します。
すでに賃貸不動産を持っている方
- [ ] 各物件の取得年月日を一覧にする(5年をいつ超えるかが分かる)
- [ ] 直近5年以内に取得した物件があれば、時価ベースでの評価も試算して税額の振れ幅を把握する
- [ ] 小規模宅地等の特例をどの土地に使うかを再検討する(評価が上がる物件ほど、㎡単価×減額割合の計算結果が変わります)
これから建築・購入を検討している方
- [ ] 通達に定める日と着工時期の関係を最優先で確認する
- [ ] 土地の所有開始時期を確認する(5年前から所有しているか)
- [ ] 節税額だけでなく、支払利息の総額・空室率・修繕費を入れた収支で判断する
- [ ] 「相続対策のため」という文言が、金融機関の稟議書や提案書に残っていないか意識する
相続が近いかもしれない方
- [ ] 直前の購入は効かないという前提で、納税資金と分割方法の設計を先に固める
- [ ] → 相続対策で絶対にやるべきことリスト(節税より先にやることがあります)
まとめ
- 令和8年度税制改正で、課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した「一定の貸付用不動産」は、通常の取引価額(簡便法は取得価額ベースの80%)で評価する見直しが示された
- 適用は 令和9年(2027年)1月1日以後に相続等により取得する財産から
- 圧縮率は5割前後 → 2割程度に落ちる。ただし5年を超えて保有すれば従来評価に戻る
- もともと持っている土地に建てる場合は経過措置があるが、「通達に定める日の5年前から所有」+「同日までに新築(建築中を含む)」の二重条件
- 小規模宅地等の特例は従来どおり使えると読むのが実務の見方(措置法の改正が大綱に記載されていないため)
- 令和8年中の贈与は選択肢だが、①小規模宅地等の特例が使えない ②不動産取得税 ③登録免許税2% の3点と必ず比較する
- 「一定の貸付用不動産」の範囲など未確定事項が残る。改正通達の公表を確認してから確定させる
次に読む:自宅の土地が最大8割減──小規模宅地等の特例(STEP 5)/生前贈与加算が3年→7年に(STEP 5)/実家の土地は相続税でいくら?路線価方式と倍率方式(STEP 1)/不動産オーナーのための相続税対策・完全ガイド
出典
- 令和8年度税制改正大綱(貸付用不動産の相続税評価の見直し、令和9年1月1日以後に相続等により取得する財産への適用、経過措置、不動産小口化商品の取扱い)
- 財産評価基本通達(貸家建付地・貸家の評価、総則6項)
- 租税特別措置法69条の4(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)、同39条(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)
- 国税庁「居住用の区分所有財産の評価について」(令和5年9月28日付法令解釈通達/令和6年1月1日以後適用)
- 最高裁判所令和4年4月19日第三小法廷判決(財産評価基本通達6項の適用)
- 国税庁ウェブサイト(確認日:2026年7月31日)
※本記事は令和8年度税制改正大綱に基づく解説を含みます。具体的な評価方法・対象範囲・経過措置の適用日は、改正後の法令および財産評価基本通達の改正内容によって確定します。公開時点で成立後の条文・通達をご確認ください。個別の評価や有利判定は、財産の内訳・面積・相続人の構成によって結論が変わります。判断は税理士にご確認ください。なお、遺言・遺留分など法務の組成、登記手続は弁護士・司法書士の領域です。
「相続対策」の入口は2つあります
