書類をそろえ、空室を埋め、家賃を回収し、申告まで終える。ここまで来ると、賃貸経営は一巡します。問題は、そのあと何もしないでいると、だんだん手取りが減っていくことです。
次の一手は3つしかありません。増やす・法人にする・売る。決め手になるのは、手取り・残債・築年数の3つの数字です。どれを選ぶにしても、まず自分の数字を並べるところから始まります。
※本記事の人物・金額はすべて架空のモデル事例です。一般的な仕組みを解説するもので、個別の税務・法務相談ではありません。
→ 全体の流れは 賃貸経営の全体像。この記事は章9「次の一手を決める」の解説です。
この記事でわかること
- 判断の前に並べる3つの数字(手取り・残債・築年数)
- 持っているだけで手取りが減るデッドクロスの仕組み
- 法人化を考え始める目安は所得1,000万円
- 売るなら意識する5年の線。税率が倍近く変わる
1. まず3つの数字を並べる
次の一手は、気分ではなく数字で決めます。並べるのは3つです。
- 手取り……家賃収入から、経費・返済・税金を引いて、最後に手元に残った額。帳簿の利益ではありません
- 残債……借入の残りと、物件を今売ったらいくらになるか。売って返しきれるかどうかが分かれ目です
- 築年数……あと何年、減価償却を経費にできるか。木造なら22年、鉄筋コンクリートなら47年が法定耐用年数です
この3つを1枚に書き出すと、選べる手はだいたい絞られます。→ 大家の所得税──不動産所得の計算から確定申告までの基本
2. 何もしないと手取りが減る——デッドクロス
賃貸経営には、持っているだけで手取りが減っていく仕組みがあります。原因は2つです。
- 減価償却は年々減り、いつか終わる。建物の償却が終わると、現金は出ていかないのに経費だけが消えます
- 返済の元金部分は経費にならない。元利均等返済では、年を追うごとに元金の割合が増えます
この2本の線が入れ替わる時点をデッドクロスと呼びます。帳簿の利益は増えるのに、手元の現金は減る。税金だけが増えていく状態です。
【モデル事例】 築15年の木造アパートを持つ佐藤さん(仮)。家賃収入は変わっていないのに、7年前より手取りが年80万円ほど減った。調べると、建物の減価償却がほぼ終わり、返済の元金割合が上がっていた。
デッドクロスが見えたら、次の一手を考える時期です。3つの道は、どれもこれへの答えになっています。
3. 増やす——償却をもう一度作る
物件を買い増すと、新しい減価償却が始まります。空室のリスクは分散し、規模が大きくなれば管理も委託しやすくなります。
ただし、買えるかどうかは融資で決まります。銀行が見るのは、いまの物件の収支と、自分の給与や事業の所得です。今ある物件の帳簿がきれいでないと、次は借りられません。日々の帳簿づけが、そのまま次の一手の準備になります。
なお、部屋数が増えると税制の扱いも変わります。おおむね5棟10室を超えると事業的規模となり、青色申告特別控除65万円などが使えます。→ 5棟10室基準とは──事業的規模で変わる4つの税制と判定の実務
4. 法人にする——目安は所得1,000万円
個人の所得税は、所得が増えるほど税率が上がります。法人税はほぼ一定です。だから、ある水準を超えると法人のほうが軽くなります。
| 見るところ | 目安 |
|---|---|
| 不動産所得 | おおむね1,000万円を超えたら検討に入る |
| 税率が交差する所得 | 900万円あたりから、個人の税率が法人を上回り始める |
| ほかの所得 | 給与や事業所得と合算されるので、それも含めて見る |
売上ではなく所得で見るのがポイントです。また、法人にすると社会保険の負担が新しく発生します。税金だけで比べると判断を誤ります。→ 法人化はいくらから得か/不動産法人化の全体像
5. 売る——5年の線で税率が変わる
売却は、いちばん大きく数字が動く一手です。ここで効くのが所有期間の線です。
- 売った年の1月1日時点で所有5年以下……短期譲渡所得。税率は所得税・住民税あわせて39.63%
- 同じく5年を超える……長期譲渡所得。税率は20.315%
買った日から5年ではなく、売った年の1月1日で数えるところが落とし穴です。年末に売るか、年明けまで待つかで税額が倍近く変わることがあります(租税特別措置法31条・32条)。→ 不動産売却の譲渡所得税──税率が2倍変わる「5年」の判定/不動産売却の全体像
まとめ
- 次の一手は、増やす・法人にする・売るの3つ。決め手は手取り・残債・築年数
- 償却が終わり元金返済が増えると、利益が出ているのに現金が減る(デッドクロス)
- 法人化の目安は不動産所得おおむね1,000万円。ただし社会保険まで含めて比べる
- 売るなら、売った年の1月1日で所有5年を超えているかを必ず確認する
→ 次に読む:不動産売却の全体像(売る道を選んだとき)/不動産法人化の全体像(法人にする道を選んだとき)
出典
- 租税特別措置法31条(長期譲渡所得の課税の特例)、32条(短期譲渡所得の課税の特例)
- 所得税法施行令129条・別表(減価償却資産の耐用年数等に関する省令)
- 所得税基本通達26-9(事業的規模の判定)
- 法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)
※確認日:2026年8月7日。復興特別所得税を含む税率です。個別の判断は、物件の数字を見たうえでご相談ください。
「賃貸経営」の入口は2つあります
