「毎年110万円ずつ、子どもと孫の口座に入れています」──相続の相談でいちばんよく聞く対策です。そして、いちばんよく否認される対策でもあります。
通帳も印鑑も親が持っている。子は口座の存在すら知らない。そういう口座は、税務上は子のお金ではなく親のお金です。10年続けても20年続けても、全額が相続財産に戻ります。
結論から言うと、こうです。
名義預金かどうかの判定は、たった2つで決まります。①その資金の原資は誰か ②実際に管理・支配しているのは誰か。通帳・印鑑・キャッシュカードを渡していない口座は、名義を書き換えただけで贈与ではありません。「あげたつもり」を「あげた」にするには、作法があります。
※本記事の人物・金額はすべて架空のモデル事例です。一般的な仕組みを解説するもので、個別の税務相談ではありません。
→ 相続対策の全体像は 相続対策 完全ガイド。この記事は STEP 5「税金を減らす(節税対策)」 の各論です。
この記事でわかること
- 相続税の税務調査はどのくらいの確率で入り、どのくらい指摘されるのか(2026年時点の最新統計)
- 名義預金の判定基準は 「原資」と「管理・支配」の2つだけ
- 贈与を成立させる 5つの作法(改印・振込・契約書・申告実績まで)
- 否認された実例と、そのときいくら払うことになるのか
- 配偶者の税額軽減が使えなくなるという、見落とされがちな二次被害
- 株を贈与するときは、預金より要件が重い
1. 相続税の調査は「入られたら8割出る」
まず現実の数字から入ります。国税庁「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」によると、次のとおりです。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 実地調査の件数 | 9,512件(前年比+11.2%) |
| 申告漏れ等の非違があった件数 | 7,826件 |
| 非違割合 | 82.3% |
| 1件あたりの申告漏れ課税価格 | 約3,000万円 |
| 1件あたりの追徴税額 | 867万円 |
| 重加算税の賦課件数 | 約1,000件 |
| 簡易な接触(電話・書面等) | 約22,000件 |
読み方は2つあります。
① 実地調査に入られたら、8割超で何かが出る。 この非違割合は10年以上ほとんど変わっていません。「うちは大丈夫」の根拠にはなりません。
② 実地調査だけを警戒していれば済む時代ではない。 電話や書面による「簡易な接触」が約22,000件と、実地調査の2倍以上あります。
そして、この調査で最も指摘されるのが名義預金です。相続税の税務調査は、ほとんどが「家族名義の口座の出どころを聞く場」だと思って差し支えありません。
2. 判定基準は2つだけ
裁決例・裁判例を横に並べると、判断の軸はいつも同じ2つに収束します。
| # | 見られること | 具体的に何を調べられるか |
|---|---|---|
| ① | 原資は誰か | 亡くなった人の過去の収入・確定申告・退職金と、家族名義口座の残高が釣り合うか。専業主婦名義に5,000万円あれば、当然その出どころを聞かれます |
| ② | 管理・支配は誰か | 通帳・印鑑・キャッシュカードの保管者、届出印が誰のものか、入出金を実行しているのは誰か、住所・筆跡 |
これに加えて、補強材料として次が見られます。
- 受贈者がその口座を認識し、使っているか(生活費や買い物の支出があるか)
- 贈与税の申告実績があるか
税務署は、亡くなった人だけでなく家族全員の口座の動きを、金融機関を通じて確認できます。「別の銀行だから分からない」ということはありません。
3. 贈与を成立させる5つの作法
では、どうすれば「贈与した」と認めてもらえるか。要件を作法の形に落とすと、次の5つです。
| # | 作法 | なぜ必要か |
|---|---|---|
| 1 | 受贈者に「もらった」認識を持たせる | 贈与は契約です。もらう側が知らなければ契約は成立しません。未成年でも15歳程度以上なら本人の認識が問われます。小学生以下は認識能力がないと判断されやすく、親権者が管理する形になります |
| 2 | 通帳・キャッシュカードを受贈者本人に渡す | 管理・処分できる状態にして初めて「支配が移った」といえます。実際に使える状態にすることが要点です |
| 3 | 届出印を受贈者本人のものに改印する | 親の印鑑のまま作った口座は名義預金の典型です。ここは必ず直してください |
| 4 | 贈与者の口座から受贈者の口座へ銀行振込。毎年別個に贈与契約書を作る | 現金手渡しは記録が残りません。契約書は公証役場の確定日付があればより強く、郵便局の消印でも効果があります |
| 5 | あえて110万円超を贈与して申告・納税する年を作る | 111万円を贈与して1,000円納税すれば、申告実績という最も強い証拠が残ります |
作法5が効くのは、税務署自身の記録に「この人はこの年に贈与を受けた」と残るからです。数千円のコストで買える保険だと考えてください。
よくある誤解:「毎年同じ額を続けると、初年度に一括で贈与したとみなされる」
この説の根拠だった通達はすでに廃止されており、連続して贈与すること自体は問題ではありません。ただし「10年間、毎年100万円ずつ贈与する」という契約(定期金給付契約)を結んでしまうと、契約した年に1,000万円を受け取る権利を得たものとして課税されます。防御は、毎年別個の契約書を作り、金額と時期を毎年変えることです。
4. 否認された実例──いくら払うことになるのか
モデル事例①:10年間の積立5,000万円が全額戻された
父が10年にわたり、子・孫名義で毎年110万円以下の定期積立を続けていました。総額5,000万円。しかし通帳も印鑑も父が管理し、受贈者は口座の存在すら知りませんでした。→ 全額が名義預金と認定。相続財産5億円の事案で、追徴は相続税2,250万円+延滞税56万円+過少申告加算税225万円=合計2,531万円。
モデル事例②:妻の「へそくり」5,000万円
「生活費を節約して貯めたのだから私のもの」という妻名義の預金5,000万円。→ 税務上は夫の財産です。原資は夫が稼いだお金であり、管理していたことは所有していたことと同じではありません。修正申告で1,126万円。
夫婦であっても、日本の民法は夫婦別産制です。「夫婦の財産に線を引かないのが当たり前」という感覚は、税務では通りません。
モデル事例③:数年分をまとめて動かした
毎年110万円ずつ移す約束をしていたものの、実際の資金移動は数年分をまとめて行っていた。→ 履行した年に一括で課税されました。
5. 見落とされがちな二次被害──配偶者の税額軽減が使えなくなる
ここが、金額以上に怖いところです。
配偶者には「1億6,000万円または法定相続分のいずれか多い金額まで相続税がかからない」という強力な軽減措置があります。ところが、仮装・隠蔽があったと認定された財産には、この軽減が適用されません。
つまり、妻名義の預金を「妻のものだから」と申告に含めなかった結果、重加算税35%を課されたうえに、その財産には配偶者の税額軽減も使えないという二重の打撃を受けることがあります。
しかも、軽減が使えなくなるのは「配偶者が隠した場合」に限りません。他の相続人が仮装・隠蔽した財産についても同じです。
申告前に、相続人全員の名義財産の出どころを一度チェックしてください。「言わないでおこう」がいちばん高くつきます。
→ 配偶者の軽減も含めた税額の考え方は うちは相続税がかかる?基礎控除で最初に確かめる から。
6. 株の贈与は、預金より要件が重い
自社株や上場株を毎年110万円の枠で子に移していく方法も、よく採られます。ただし株の場合、預金より揃えるものが多い点に注意が必要です。
- 贈与契約書
- 贈与時点の株価の評価計算(いくら贈与したのかが確定しないと、そもそも贈与額が決まりません)
- 必要なら贈与税の申告
- 株主としての実態──株主総会への参加、配当の受領
法人税申告書の別表2(同族会社等の判定に関する明細書)に子の名前が載っているだけでは足りません。名義を書き換えただけで実態が伴わなければ、名義株として親の相続財産に戻されます。
→ 自社株そのものの承継設計は 資産管理会社の相続税──”不動産”でなく”株式”を相続する で扱っています。
7. 賃貸オーナーが追加で気をつけること
不動産オーナーの場合、名義預金以外にも定番の指摘ポイントがあります。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 未収家賃・敷金・保証金 | 亡くなった月の未収家賃、預かっている敷金は相続財産・債務として申告が必要です。賃貸オーナーの申告漏れの定番です |
| 同族会社への貸付金 | 会社を助けるために入れたお金は「貸付金」として額面で相続財産になります。回収可能性が低くても、原則として額面評価です |
| 認知症発症後の預金引き出し | 意思能力がなければ贈与は成立しません。「生前に渡した」という主張は通りにくくなります。使途を必ず記録に残してください |
| 貸金庫 | 調査当日は、午前にヒアリング、午後に現物確認、そして貸金庫まで進みます。中身は事前に確認しておくことです |
→ 賃貸オーナーの財産の棚卸しは 「準備不足」が大損を招く!相続発生前に絶対知っておくべき全知識 もあわせてどうぞ。
8. 逆方向の話──払い過ぎた相続税は取り戻せる
調査は「足りない」を指摘する方向ですが、払い過ぎた相続税は、申告期限から5年以内なら更正の請求で取り戻せます。
税務署から「払い過ぎです」と教えてくれることはありません。不足の指摘には期限後も督促が来るのに、還付は5年で締め切られる──非対称な構造になっています。
とくに土地の評価は、セットバック・不整形・高低差・埋設物・接道といった減額要素の拾い方で結果が変わります。土地の評価に不安があるなら、セカンドオピニオンを取る価値があります。
まとめ
- 相続税の実地調査は9,512件・非違割合82.3%、1件あたり追徴867万円。入られたら8割超で出る
- 名義預金の判定は ①原資は誰か ②管理・支配は誰か の2つで決まる
- 贈与を成立させる作法は5つ──もらった認識/通帳・カードを渡す/届出印を改印/振込+毎年別個の契約書/あえて110万円超で申告実績を作る
- 「毎年同額だと一括課税」は誤り。ただし定期金給付契約を結ぶと契約年に課税される
- 否認されると追徴2,531万円(モデル事例①)といった規模になる。へそくりも夫の財産
- 仮装・隠蔽と認定された財産には配偶者の税額軽減が使えない。他の相続人が隠した場合も同じ
- 株の贈与は評価計算・株主権の行使まで揃えて初めて成立する
- 払い過ぎた相続税は申告期限から5年以内なら更正の請求で取り戻せる
次に読む:生前贈与加算が3年→7年に(STEP 5)/賃貸不動産の「5年ルール」(STEP 5)/うちは相続税がかかる?基礎控除で最初に確かめる(STEP 1)/親が認知症になると、相続対策も資産も止まる(STEP 2)
出典
- 相続税法9条(みなし贈与)、19条(生前贈与加算)、19条の2(配偶者に対する相続税額の軽減。仮装・隠蔽があった財産は軽減の対象外)
- 国税通則法65条〜68条(過少申告加算税・無申告加算税・重加算税)、23条(更正の請求)
- 民法549条(贈与)、762条(夫婦別産制)
- 国税庁「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」(実地調査9,512件、非違割合82.3%、1件あたり追徴867万円、重加算税賦課件数、簡易な接触の状況)
- 国税庁タックスアンサー「贈与と税金」「相続財産の評価」(確認日:2026年7月31日)
※統計は国税庁「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」によります。名義預金に当たるかどうかは、資金の出どころ・管理の実態・家族の認識といった個別事情の総合判断であり、本記事の作法を満たせば必ず認められると保証するものではありません。個別の判断は税理士にご確認ください。なお、遺産分割協議・遺留分など法務の組成は弁護士、登記手続は司法書士の領域です。
「相続対策」の入口は2つあります
