買いたい人が現れると、売却は一気に進みます。契約から決済・引き渡しまでは、だいたい1か月から2か月。この短い間に、あとで揉めるかどうかが決まります。
売主がやることは大きく2つ。契約の前に「物件の状態を正直に書いた紙」を作ること。決済の日までに「抵当権を消す段取り」と「書類」をそろえることです。この2つを外さなければ、引き渡しは通ります。
※本記事の人物・金額はすべて架空のモデル事例です。一般的な仕組みを解説するもので、個別の税務・法務相談ではありません。
→ 全体の流れは 不動産売却の全体像。この記事は章4「引き渡しまで通す」の解説です。
この記事でわかること
- 契約日にやりとりする手付金と、やめられる期限
- 売主が書く物件状況等報告書が、あとの責任を左右する
- 契約不適合責任は、知っていて黙っていた分は特約で消せない
- 決済日の流れと、持っていく書類のリスト
1. 契約日——手付金と、やめられる期限
売買契約では、買主から売主へ手付金が渡されます。売買代金の5〜10%が一般的です。この手付金には、契約をやめるための値段という意味があります(解約手付。民法557条1項)。
- 買主がやめるとき……手付金を放棄する
- 売主がやめるとき……受け取った手付金の倍額を返す
ただし、これができるのは相手が契約の履行に着手するまでです。買主が残代金を用意して手続きを始めたあとでは、手付でやめることはできません。「もっと高く買う人が現れた」と後から言っても、遅いということです。
あわせて確認しておく条項が2つあります。ローン特約(買主の融資が通らなかったら白紙解除。手付は返す)と、引き渡しの期日です。買い替えを予定しているなら、次の家の日程と必ずつなげておきます。
2. 売主が書く「物件状況等報告書」
買主には不動産会社から重要事項説明があります。売主が用意するのは、その材料です。主に2枚あります。
| 書類 | 書く中身 |
|---|---|
| 物件状況等報告書(告知書) | 雨漏り、シロアリ、給排水の不具合、境界の争い、近隣の状況、過去の修繕 |
| 付帯設備表 | エアコン・給湯器・照明などを置いていくか、その設備が動くか |
ここは正直に書くほど売主が守られます。「雨漏りがあった」と書いて売れば、買主は承知のうえで買ったことになります。書かずに引き渡して後から見つかると、修理代や損害賠償の話になります。
3. 契約不適合責任——特約で全部は消せない
引き渡した物に、契約の内容と違うところ(雨漏り、シロアリ、設備の故障など)があった場合、売主は責任を負います。これを契約不適合責任といいます(民法562条〜566条)。買主は、修補・代金の減額・損害賠償・解除を求められます。
個人が売主の中古住宅では、責任を負う期間を引き渡しから3か月などに短くする特約が一般的です。ただし、売主が知っていて告げなかったことについては、特約があっても免れません(民法572条)。隠しても意味がない、ということです。
【モデル事例】 鈴木さん(仮)は、10年前に一度あった雨漏りを「直したから」と報告書に書かずに売却した。引き渡し半年後に同じ場所から雨漏りが再発。知っていて書かなかったため、免責の特約は使えず、補修費を負担することになった。
4. 決済日にやること
決済は、銀行の一室で1時間ほどかけて行われます。お金・登記・鍵が同時に動きます。順番は決まっています。
- 買主が残代金を振り込む
- 売主のローンを一括返済し、抵当権抹消の書類を受け取る
- 司法書士が所有権移転登記を申請する
- 固定資産税・都市計画税を日割りで精算する(引き渡し日を境に。関東は1月1日起算、関西は4月1日起算が慣行)
- 鍵と書類一式を渡す
売主が当日そろえるのは、登記識別情報(権利証)・実印・印鑑証明書(3か月以内)・固定資産税納税通知書・本人確認書類・建築確認済証や検査済証などの物件資料です。権利証と印鑑証明が抜けると、その日は決済できません。→ 不動産の書類整理──残す書類・集める書類と「1物件1ファイル」の型
なお、賃貸中の物件を売る場合は、敷金の引き継ぎと入居者への通知も同時に進めます。個人がマイホームを売るときの建物には消費税はかかりませんが、事業として貸していた建物の売却は課税の対象になります。→ 大家の消費税──店舗・駐車場・建物売却で課税になる境目
5. 引き渡しが終わると、値段はもう動かせない
決済が終われば、売値は確定します。ここから先、手取りを増やす手段は引く側——取得費・譲渡費用・特例——しか残っていません。
だから、決済でもらった書類は1つの封筒にまとめて保管します。売買契約書、仲介手数料の領収書、司法書士への支払、印紙、測量費の請求書。翌年の確定申告で、これがそのまま税額を下げる材料になります。
まとめ
- 手付でやめられるのは、相手が履行に着手するまで。売主がやめるなら倍返し
- 物件状況等報告書は正直に書くほど売主が守られる。知っていて黙った分は特約で消せない
- 決済日はお金・登記・鍵が同時。権利証と印鑑証明が抜けると成立しない
- 引き渡し後に手取りを増やせるのは、引く側の費用と特例だけ。領収書は1つにまとめる
→ 次に読む:取得費を確定する(章5)
出典
- 民法557条1項(手付)、562条〜566条(契約不適合責任)、572条(担保責任を負わない旨の特約)
- 宅地建物取引業法35条(重要事項の説明)、37条(書面の交付)、39条(手付の額の制限等)
- 不動産登記法22条(登記識別情報の提供)
- 消費税法6条・別表第二(土地の譲渡は非課税)
※確認日:2026年8月7日。契約条項の解釈や登記の手続きは弁護士・司法書士の領域です。税務の影響とあわせて、着手前に専門家へご確認ください。
「不動産売却」の入口は2つあります
