- 011. なぜ止まるのか──意思能力のルール
- 022. 何が止まるか
- 033. 成年後見をつけても、対策はできない
- 044. 元気なうちに結べる備え
- 05まとめ
- 06出典
相続対策には期限があります。多くの人が思い浮かべる「亡くなる日」ではありません。親が認知症などで、物事を判断できなくなる日です。
判断できなくなると、遺言も、贈与も、不動産の売買も、法律上できなくなります。そして、その日がいつ来るかは誰にもわかりません。
※本記事の人物・金額はすべて架空のモデル事例です。一般的な仕組みを解説するもので、個別の税務・法務相談ではありません。
→ 全体の流れは 相続対策の全体像。この記事は章2「認知症のリスクを考える」の解説です。
この記事でわかること
- なぜ判断できなくなるとすべて止まるのか
- 具体的に何が止まるか
- 成年後見をつけても相続対策はできない理由
- 元気なうちに結べる備えの選択肢
1. なぜ止まるのか──意思能力のルール
契約や遺言などの法律行為は、自分のしていることの意味を理解できる力(意思能力)があって初めて有効です。意思能力を欠いた状態でした法律行為は、無効と民法にはっきり書かれています(民法3条の2)。
だから、認知症が進んだあとに書いた遺言や結んだ契約は、あとから無効を争われます。銀行も、本人の判断力に疑いが出ると、本人を守るために口座の取引を止めます。
これは遠い話ではありません。厚生労働省の研究班の推計では、65歳以上のおよそ4人に1人が、認知症またはその前段階(軽度認知障害)とされています。
2. 何が止まるか
相続対策で使う手段は、ほぼすべてが法律行為です。つまり、ほぼすべてが止まります。
- 遺言を書く・書き直す──遺言にも判断力(遺言能力)が必要です(民法963条)
- 生前贈与──贈与は契約なので、あげる側の意思が必要です
- 不動産を売る・買う──売買契約も登記もできなくなります
- 家族信託・任意後見などの備えの契約──備え自体が結べなくなります
- アパート経営の判断──大規模修繕、建て替え、借入、法人化。経営の手も止まります
賃貸物件を持つ家庭では、対策が止まるだけでなく、経営そのものが止まるのが重いところです。
3. 成年後見をつけても、対策はできない
判断できなくなった後の受け皿として、家庭裁判所が代わりの人を選ぶ制度(成年後見制度)があります(民法7条・843条)。ただし、この制度の目的は本人の財産を守ることです。
- 節税のための贈与は、本人の財産を減らす行為なのでできません
- 相続対策のための不動産の売却や買い換えも、原則できません(本人の生活費や医療費のための売却は認められることがあります)
- 弁護士などの専門職が後見人に選ばれると、報酬の支払いが本人が亡くなるまで続きます
- 一度始まると、原則として途中でやめられません
つまり成年後見は「困ってから何とかする制度」であって、「相続対策を続けるための制度」ではありません。
4. 元気なうちに結べる備え
備えは、判断できるうちにしか作れません。代表的な選択肢は次のとおりです。
| 備え | できること |
|---|---|
| 遺言書 | 亡くなった後の分け方を決めておく。→ 財産の分け方を考える |
| 生前贈与 | 元気なうちに財産を渡し始める。→ 生前贈与加算のルール |
| 任意後見契約 | 判断できなくなったときの代理人を、自分で選んで公正証書で決めておく |
| 家族信託 | 財産の管理・処分を家族に託す契約。アパートの経営を子に引き継ぐ設計もできる |
どれを使うかは、財産の中身と家族の事情で変わります。任意後見や家族信託の組成・手続きは弁護士・司法書士の領域です。税務への影響(贈与税・不動産の名義・損益の帰属)とあわせて、着手前に専門家へ確認してください。
まとめ
- 相続対策の期限は、判断できなくなる日。いつ来るかはわからない
- 遺言・贈与・売買・契約は、意思能力を欠くと無効(民法3条の2)
- 成年後見は財産を守る制度。相続対策の贈与や売却はできない
- 任意後見・家族信託などの備えも、元気なうちにしか結べない
→ 次に読む:親が認知症になると、相続対策も資産も止まる──凍結を防ぐ備え/財産の分け方を考える(章3)
出典
- 民法3条の2(意思能力)、7条・843条(後見開始の審判・成年後見人の選任)、963条(遺言能力)
- 任意後見契約に関する法律
- 厚生労働省研究班「認知症及び軽度認知障害の有病率調査」(令和5年公表)
※確認日:2026年8月4日。成年後見・任意後見・家族信託・遺言の組成や手続きは弁護士・司法書士の領域です。本記事は制度の概要と税務上の位置づけを整理したものです。
「相続対策」の入口は2つあります
