個人で持っている賃貸物件を、自分の会社に移したい。法人化を決めた人が次にぶつかるのが、この移転の手続きです。実務では、土地は個人に残したまま、建物だけを法人に売るのが基本形です。売買契約と所有権移転登記に加えて、土地の使い方を決める届出が必要になります。この記事では、その段取りと、移すときにかかるお金を順に整理します。
※本記事は一般的な仕組みを解説するものです。登場する事例・金額はすべて架空のモデルです。個別の税務・法務相談ではありません。
→ 法人化の全体像は 不動産の法人化の全体像 にまとめています。
この記事は「手続きの段取りと、かかるお金の一覧」に絞ります。そもそも移すべきか、いくらで移すかという判断は なぜ建物だけを法人へ移すのか と 法人化の3方式の選び方 で扱います。
この記事でわかること
- 土地は動かさず建物だけを移すのが基本になる理由
- 法人設立から届出までの6ステップと、それぞれで作る書類
- 売買価格は時価が原則で、時価の2分の1未満だと時価で売ったものとみなされること
- 建物だけを移すと土地の使用関係が問題になり、届出書か相当の地代で処理すること
- 個人・法人それぞれにかかる税金と費用の一覧
- 抵当権が付いた物件と、賃借人・敷金の引き継ぎで気をつけること
1. なぜ建物だけを移すのか
土地と建物をまとめて法人に売れば話は簡単に見えます。それでも実務が建物だけに絞るのは、土地を動かすと次の3つが重くのしかかるからです。
- 土地は譲渡益が大きくなりやすい。古い土地ほど買った値段が低く、売れば差額がそのまま利益になります。購入時の契約書がなければ取得費は売却代金の5%として計算されます。
- 移すためのコストが高い。不動産取得税も登録免許税も固定資産税評価額に税率を掛けます。土地の評価額は建物より大きいことが多く、その分だけ費用がふくらみます。
- 建物は利益が出にくい。建物は毎年の減価償却で帳簿の価額が下がります。帳簿価額に近い金額で売れば、譲渡益はほとんど出ません。
法人に移したいのは「家賃という果実」であって、土地そのものではありません。建物が法人名義になれば、その後の家賃は法人の売上になります。土地は個人に残したまま、法人に貸す形にします。
2. 全体の流れ──6ステップ
建物を移す手続きは、次の順に進みます。
個人から法人へ建物を移す手順
- 1法人を設立する受け皿の会社を先に作ります。登記が完了しないと不動産の名義人になれません。
- 2移す建物と売買価格を決める固定資産税の課税明細書、減価償却の明細(未償却残高)、登記事項証明書、ローンの返済予定表をそろえて価格を決めます。
- 3売買契約を結ぶ売主が個人、買主がその人の会社という取引は利益相反取引に当たるため、会社側の承認手続きと議事録が必要です。
- 4決済と所有権移転登記代金を支払い、司法書士に登記を依頼します。融資を受ける場合は、融資の実行・支払い・登記を同じ日に行います。
- 5土地の使用関係を決めて届出書を出す土地の賃貸借契約を結び、「土地の無償返還に関する届出書」を税務署に提出する方法が一般的です。
- 6賃借人・金融機関・関係先に対応する賃借人へオーナー変更を知らせ、敷金を法人へ引き継ぎます。家賃の振込先、火災保険の契約者名義、公共料金の引落口座も変更します。
建物のみを売買で移す場合の手順
3. 売買価格の決め方──時価が原則
身内の会社への売買でも、価格を自由に決められるわけではありません。原則は時価です。
個人が法人に資産を売るとき、時価より著しく低い価格で売ると、実際の売買代金ではなく時価で売ったものとみなして譲渡所得を計算します(所得税法59条1項2号)。この「著しく低い価格」は、政令で時価の2分の1に満たない金額と定められています(所得税法施行令169条)。
【モデル事例】佐藤さん(仮)が、時価1億円の建物を自分の会社に4,000万円で売ったとします。時価の2分の1(5,000万円)を下回るため、譲渡所得の収入金額は4,000万円ではなく1億円として計算されます。手元に入っていない6,000万円分にも税金がかかります。
では時価の2分の1以上であれば安全かというと、そこまでは言い切れません。同族会社との取引は、税務署長が同族会社等の行為または計算の否認の規定に該当すると判断した場合、時価で計算し直されることがあります(所得税基本通達59-3)。「2分の1を超えていればよい」という線引きで考えないでください。
未償却残高(帳簿価額)を使う実務
建物については、減価償却を続けてきた結果の未償却残高を売買価格にする実務があります。帳簿価額で売れば譲渡益がほとんど出ず、個人側の税負担を抑えられるからです。
ただし、この方法が通るのは帳簿価額が時価から離れていない場合に限られます。償却が進んで帳簿価額が数万円になった古い建物をその金額で移せば、時価との差が大きくなり、みなし譲渡の問題が出てきます。固定資産税評価額や近隣の取引事例と照らして、時価からかけ離れていないかを検証し、根拠は書面で残してください。
会社側の承認手続き
取締役が自分の会社と取引をするときは、会社に対して重要な事実を開示し、株主総会の承認を受ける必要があります(会社法356条1項2号)。取締役会を置いている会社では、この承認は取締役会で行います(会社法365条1項)。承認した記録として、株主総会議事録または取締役会議事録を作成して保管します。
4. 土地の使い方を決める──届出書か、相当の地代か
建物だけを法人に移すと、個人が持つ土地の上に、法人の建物が建っている状態になります。この使用関係を決めないまま放置すると、税務上の問題が起きます。
権利金をやりとりする慣行のある地域で、権利金を払わずに土地を借りて建物を建てると、法人が借地権をタダでもらったものとして扱われます。これを権利金の認定課税といいます。国税庁は、次のいずれかに当たる場合は認定課税を行わないとしています(タックスアンサーNo.5730)。
- その土地の価額からみて、相当の地代を収受している場合。相当の地代の額は、原則としてその土地の更地価額のおおむね年6%です(タックスアンサーNo.5732)
- 契約書において将来借地人が土地を無償で返還することが定められており、かつ「土地の無償返還に関する届出書」を借地人と連名で遅滞なく提出している場合
実務でよく使われるのは、後者の届出書を出す方法です。届出の内容は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書類の名称 | 土地の無償返還に関する届出書 |
| 誰が出すか | 土地を使う法人と、土地の所有者との連名。この形では土地の所有者が個人になる |
| いつまでに | 土地を無償で返還することが定められた後、遅滞なく |
| どこへ | 土地の所有者の納税地を所轄する税務署長 |
| 添付書類 | 契約書の写し/土地の価額の計算の明細その他参考となる事項を記載した書類 |
土地の無償返還に関する届出(国税庁の手続案内C1-63をもとに作成。手続根拠は法人税基本通達13-1-7)
前提として、個人と法人の間で土地の賃貸借契約を結び、契約書に将来無償で返還する旨を書いておく必要があります。届出を出さなかったときに何が起きるかは 土地の課税を届出で防ぐ に、地代をいくらにするか、この届出が相続時の土地の評価にどう影響するかは なぜ建物だけを法人へ移すのか にまとめています。
5. かかる税金と費用の一覧
移すこと自体にお金がかかります。誰が何を負担するかを一覧にすると、次のとおりです。
| 誰に | 何が | いくらの目安 |
|---|---|---|
| 個人(売主) | 譲渡所得税・住民税 | 譲渡益×20.315%(長期)または39.63%(短期) |
| 個人(売主) | 消費税 | 課税事業者なら建物の代金に課税。土地は非課税 |
| 法人(買主) | 不動産取得税 | 固定資産税評価額×3%(住宅)または4%(非住宅) |
| 法人(買主) | 登録免許税(所有権移転) | 固定資産税評価額×2%(建物の売買による移転) |
| 双方 | 印紙税 | 契約金額の区分による(下の表) |
| 実費 | 司法書士報酬・書類の取得費 | 依頼先と物件数による |
建物のみを売買で移す場合の主な負担
個人にかかる譲渡所得税
建物を売った利益には、給与や家賃と合算しない分離課税で税金がかかります。税率は所有期間で2段階です。譲渡した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えていれば長期譲渡所得で20.315%(所得税15%+復興特別所得税+住民税5%)です。5年以下なら短期譲渡所得で39.63%(所得税30%+復興特別所得税+住民税9%)です。判定日は売った日ではありません。仕組みの詳細は 不動産売却の譲渡所得税 にまとめています。
個人にかかる消費税
土地の譲渡は非課税ですが、建物の譲渡は課税取引です。事業に使っていた建物を売る行為は「事業として行う取引」に当たります。
実際に納めるかどうかは、売主が課税事業者かどうかで決まります。個人事業者は、その年の前々年(基準期間)の課税売上高が1,000万円以下なら、原則として納税義務が免除されます。住宅の家賃は非課税なので、居住用アパートだけを持つオーナーは免税事業者であることが多く、その場合は建物を売っても消費税を納めません。
法人にかかる不動産取得税
不動産取得税は都道府県の税金で、課税標準は固定資産課税台帳に登録された価格です。標準税率は本則4%ですが、住宅と土地については3%とする特例があります。賃貸アパートなど住宅であれば3%、店舗や事務所などの非住宅家屋であれば4%です。
住宅には課税標準から一定額を控除する特例がありますが、中古住宅の控除は「個人が自己の居住の用に供する」場合の制度です(地方税法73条の14第3項)。法人が賃貸用の既存建物を取得するケースでは使えません。評価額にそのまま税率が掛かると考えておいてください。
法人にかかる登録免許税
所有権移転登記のときにかかります。建物を売買で取得した場合の税率は1,000分の20(2%)、課税標準は固定資産課税台帳に登録された価格です。住宅用家屋の軽減税率もありますが、個人が取得して自分の住まいにする場合の制度なので、法人が賃貸用に取得する建物では使えません。
土地の売買による移転登記には軽減税率が用意されていますが、期限つきの特例で改正のたびに動きます。土地を動かす予定があるなら、その時点の税率を確認してください。融資を受けて抵当権を設定する場合は、抵当権設定登記の登録免許税も別にかかります。
双方にかかる印紙税
売買契約書には収入印紙を貼ります。2通作って双方が1通ずつ持つなら、それぞれに印紙が必要です。不動産の譲渡に関する契約書には印紙税を軽くする特例があり、その適用を受けた場合の金額は次のとおりです。
| 契約金額 | 印紙税額 |
|---|---|
| 500万円超 1,000万円以下 | 5,000円 |
| 1,000万円超 5,000万円以下 | 1万円 |
| 5,000万円超 1億円以下 | 3万円 |
| 1億円超 5億円以下 | 6万円 |
不動産の譲渡に関する契約書の印紙税額(軽減措置の適用がある場合。国税庁タックスアンサーNo.7108をもとに作成)
この軽減措置には適用期限があり、改正で延長も終了もありえます。契約を作る前に、その時点の金額を確認してください。
6. 引き継ぎと後始末
抵当権が付いているとき
ローンが残っている物件には金融機関の抵当権が設定されています。担保に入っている不動産の所有者を勝手に変えると、融資契約の条項によっては期限の利益を失い、残債の一括返済を求められるおそれがあります。名義を動かす前に、必ず金融機関へ相談してください。
実務では、個人の借入を返済して抵当権を抹消し、法人が新たに融資を受け直す形になります。この借換えができるかどうかで、移転が実行できるかが決まります。→ 法人化と融資
賃借人への対応と敷金
建物を売ると、賃貸人の立場も動きます。民法は次のように定めています。
- 賃貸借の対抗要件を備えている場合に建物が譲渡されたときは、賃貸人たる地位は譲受人に移転する(民法605条の2第1項)
- この移転を賃借人に対抗するには、所有権の移転の登記が必要(同条3項)
- 費用の償還に係る債務と敷金の返還に係る債務は、譲受人が承継する(同条4項)
- 譲渡人が賃貸人であるときは、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人の合意により賃貸人たる地位を移転させることができる(民法605条の3)
賃借人の同意を1件ずつ取る必要はありません。ただし、家賃の振込先と契約の相手方が変わるので、オーナーが変わった旨の通知は出してください。通知がないまま振込先だけ変わると、賃借人は不審に思います。
敷金は注意が必要です。返還義務は法人に移るのに、預かったお金は個人の口座にあるままという状態が起きます。売買代金とは別に、敷金相当額を個人から法人へ移してください。→ 敷金精算の実務
移した後にやること
- 法人側の届出──設立や事業開始にともなう税務署・都道府県・市区町村への届出、社会保険の手続きがあります。期限の短いものが多いので、一覧で管理してください。→ 資産管理会社は株式会社か合同会社か
- 個人側の確定申告──建物を売った年は譲渡所得を申告します。期限は原則として翌年2月16日から3月15日までです(所得税法120条)。移した日以後の家賃は法人の売上になるため、その年の不動産所得は途中で区切って計算します。
- 減価償却のやり直し──法人が取得した建物は中古資産なので、新品の法定耐用年数ではなく簡便法で計算した年数で償却できます。法定耐用年数の全部を経過していれば法定耐用年数の20%、一部を経過していれば「法定耐用年数−経過年数+経過年数×20%」で、1年未満は切り捨て、2年未満は2年です(タックスアンサーNo.5404)。個人のときより償却期間が短くなり、毎年の経費が増えることが多い部分です。
- 契約名義の変更──火災保険の契約者、管理会社との管理委託契約、公共料金の引落口座を法人名義に切り替えます。
まとめ
- 土地は個人に残し、建物だけを売買で法人に移すのが基本形。土地は譲渡益と移転コストが大きく、動かすと重い
- 手順は、法人設立→建物と価格の決定→売買契約→決済と所有権移転登記→土地の使用関係の届出→賃借人と関係先への対応の6ステップ
- 売買価格は時価が原則。時価の2分の1未満で法人に売ると、時価で売ったものとみなされる(所得税法59条1項2号・所得税法施行令169条)
- 建物だけを移すと個人の土地を法人が使う関係になる。実務では「土地の無償返還に関する届出書」を連名で提出する
- かかるのは、個人側の譲渡所得税と消費税、法人側の不動産取得税と登録免許税、双方の印紙税、司法書士報酬。住宅用家屋の軽減税率は法人の賃貸用では使えない
- ローンが残っていれば金融機関の承諾が先。賃貸人の地位と敷金返還義務は法人に移るので、敷金相当額を法人へ移しておく
次に読む:なぜ建物だけを法人へ移すのか/法人化の3方式の選び方/法人化と融資/資産管理会社は株式会社か合同会社か/不動産の法人化の全体像
出典
- 所得税法59条(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)・120条(確定所得申告)、所得税法施行令169条(時価による譲渡とみなす低額譲渡の範囲)
- 所得税基本通達59-3(同族会社等に対する低額譲渡)
- 租税特別措置法31条・32条(長期譲渡所得・短期譲渡所得の課税の特例)
- 民法605条の2(不動産の賃貸人たる地位の移転)・605条の3(合意による不動産の賃貸人たる地位の移転)
- 会社法356条(競業及び利益相反取引の制限)・365条(競業及び取締役会設置会社との取引等の制限)
- 地方税法73条の14(不動産取得税の課税標準の特例)
- 法人税基本通達13-1-7(土地の無償返還に関する届出)
- 国税庁タックスアンサー No.3208(長期譲渡所得の税額の計算)・No.3211(短期譲渡所得の税額の計算)・No.3217(時価より低い価額で売ったとき)・No.5404(中古資産の耐用年数)・No.5730(権利金の認定課税について)・No.5732(相当の地代及び相当の地代の改訂)・No.6109(事業者が事業として行うものとは)・No.6201(非課税となる取引)・No.6501(納税義務の免除)・No.7108(不動産の譲渡、建設工事の請負に関する契約書に係る印紙税の軽減措置)・No.7191(登録免許税の税額表)
- 国税庁「C1-63 土地の無償返還に関する届出」、総務省「地方税制度 不動産取得税」
- 国税庁ウェブサイト・e-Gov法令検索・総務省ウェブサイト(確認日:2026年8月7日)
※税率・特例の内容と適用期限は、税制改正で変わります。特に不動産取得税・登録免許税・印紙税の軽減措置は期限が区切られているため、契約の前に最新の内容を確認してください。売買価格の決め方、地代の設定、届出の要否は個別の事情で結論が変わります。実行の前に、税理士と司法書士にご相談ください。
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筆者(宍倉)が、オンライン90分の無料モニターを募集中です。事前のヒアリングをもとに資料をこちらで用意し、当日は一緒に眺めながら話します。
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