入居が決まって家賃が入り始めると、次に来るのは連絡です。「上の階がうるさい」「エアコンが動かない」「消防の点検の案内が来た」。賃貸経営で手が止まるのは、たいていこの場面です。
入居中に来る連絡は、クレーム・設備の故障・法定点検の3つに分かれます。どれも初動は同じで、まず記録を残すこと。そして直したあとに、その費用がその年の経費になるか、何十年もかけて落とすことになるかが決まります。
※本記事の人物・金額はすべて架空のモデル事例です。一般的な仕組みを解説するもので、個別の税務・法務相談ではありません。
→ 全体の流れは 賃貸経営の全体像。この記事は章6「トラブルと修繕に対応する」の解説です。
この記事でわかること
- 入居中の連絡は3種類。それぞれ動き方が違う
- 設備を直さないと、家賃が法律上あたりまえに減る(民法611条)
- クレームで先にやるのは解決ではなく記録
- 直した費用は修繕費か資本的支出か。分かれ目は金額と目的
1. 入居中に来る連絡は3種類
| 種類 | 例 | 大家がやること |
|---|---|---|
| 入居者どうしのトラブル | 騒音、ゴミ出し、ペット、駐車 | 記録 → 全体への注意 → 個別の申し入れ |
| 設備の故障 | 給湯器、エアコン、水漏れ、鍵 | 直す義務がある。すぐ手配する |
| 建物の法定点検 | 消防設備、貯水槽、エレベーター | 期限どおりに点検し、報告する |
この3つを混ぜて考えると動けなくなります。「これは直す話か、伝える話か、届け出る話か」で仕分けるのが先です。
2. 設備の故障は、放っておくと家賃が減る
貸している側には、貸した物を使える状態にしておく義務があります(民法606条1項)。そして2020年4月からの民法では、入居者のせいでなく設備が使えなくなったとき、使えなくなった部分の割合に応じて、家賃は当然に減額されます(民法611条1項)。
ここは以前の民法と変わったところです。昔は「減額を請求できる」でしたが、いまは請求を待たずに減ります。連絡を受けてから手配までの日数が、そのまま収入に効くということです。
【モデル事例】 真夏に給湯器が止まったと連絡が来たが、業者の手配を後回しにして10日かかった。この10日は「風呂が使えない部屋」を貸していたことになり、その分の家賃は減る前提で精算することになった。
実務では、業者への連絡日・訪問日・完了日を記録しておくと、あとで金額の話になったときに揉めません。管理会社に任せている場合も、報告のタイミングだけは決めておきます。→ 自主管理 vs 管理委託——管理料5%は損か得か
3. クレームは、解決の前に記録
騒音やゴミのクレームで、いきなり相手の部屋に言いに行くのは危険です。事実がはっきりしないうちに個人を特定して動くと、こちらが加害者になりかねません。順番があります。
- 記録する。受けた日時、誰から、何が、いつ起きたか。曜日と時間帯を必ず聞く
- 全体に伝える。掲示や全戸配布で、名指しせずに注意を促す。これで収まることが多い
- 個別に申し入れる。収まらず、相手が特定できたときだけ。書面で残す
この記録は、あとで契約を続けるかどうかを判断するときの材料にもなります。詳しくは → 騒音・ゴミトラブルはオーナーが取るべき3段階の対応
4. 法定点検は「やる」だけでなく「報告する」
建物には、法律で決まった点検があります。消防用設備等は定期に点検し、その結果を消防署へ報告する義務があります(消防法17条の3の3)。共同住宅では、報告の周期が決まっています。
点検業者に頼んで終わり、と思っていると報告が抜けます。点検の実施と、行政への報告は別の作業です。→ 賃貸物件と消防法──オーナーの義務と、点検・報告の基本
5. 直した費用は、その年の経費になるとは限らない
ここが税金の話です。かかった費用は、修繕費(その年の経費)と資本的支出(資産に計上して減価償却)に分かれます。同じ「直した」でも、扱いはまったく違います。
| 区分 | 中身 | 経費になるタイミング |
|---|---|---|
| 修繕費 | 元の状態に戻すための支出。壊れた給湯器の交換、原状回復の壁紙 | その年に全額 |
| 資本的支出 | 価値を高める、使える期間を延ばす支出。全室の間取り変更、外壁の全面改修 | 資産に計上し、耐用年数で分けて |
迷ったときの目安が通達に置かれています(所得税基本通達37-11、37-13ほか)。
- 1回の金額が20万円未満なら修繕費でよい
- おおむね3年以内の周期で繰り返す修理なら修繕費でよい
- どちらとも決めがたいときは、60万円未満、またはその資産の前年末取得価額のおおむね10%以下なら修繕費として差し支えない
大規模修繕のように金額が大きいものは、まず資本的支出を疑ってかかります。工事の見積書を「原状回復の部分」と「グレードを上げた部分」に分けて書いてもらうと、後の判断がぐっと楽になります。→ 構築物・附属設備・修繕費の分け方──減価償却を左右する4つの区分
まとめ
- 入居中の連絡は、トラブル・設備の故障・法定点検の3つに仕分ける
- 設備を直さない期間は、家賃が当然に減る(民法611条)。手配の速さが収入に効く
- クレームは記録 → 全体へ告知 → 個別に申し入れ、の順。いきなり個人に当たらない
- 費用は修繕費か資本的支出か。20万円未満・3年以内の周期・60万円未満が目安
→ 次に読む:敷金精算の実務──退去立会いから返還までの手順(章7)
出典
- 民法606条1項(賃貸人の修繕義務)、611条1項(賃借物の一部滅失等による賃料の減額)
- 消防法17条の3の3(消防用設備等の点検及び報告)
- 所得税基本通達37-10〜37-14(資本的支出と修繕費)
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)
※確認日:2026年8月7日。契約解除や明渡しの手続きは弁護士の領域です。税務の影響とあわせて、着手前に専門家へご確認ください。
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