上の階の足音がうるさい、ゴミが分別されずに残っている。入居者から連絡が入ると、まず「どう言えばいいか」で手が止まります。騒音とゴミのトラブルは、記録を残しながら段階を踏んで進めるのが原則です。迷惑をかけている人だからといって、オーナーの判断でいきなり出て行かせることはできません。3段階の手順と、やってはいけないことを順に解説します。
※本記事は一般的な仕組みを解説するものです。登場する事例・金額はすべて架空のモデルです。個別の税務・法務相談ではありません。
→ 賃貸経営の全体像は 賃貸経営の全体像 にまとめています。
この記事でわかること
- 全戸への文書、個別の書面、契約解除という3段階の進め方
- 用法遵守義務があるのに、すぐには契約を解除できない理由(民法616条・541条)
- 鍵の交換や荷物の撤去が禁じられる理由と、その代わりにやること
- 裁判になったときに効く記録の型。1件1行で何を書くか
- 騒音の程度をどう考えるか。環境省の環境基準の数値と、その基準の限界
- ゴミ集積所の掲示・カメラの注意点と、入居時にやっておく予防
1. 対応は3段階で進める
トラブルの連絡を受けたときに最初に決めるのは、「どの段階から入るか」です。いきなり相手の部屋を訪ねると、逆恨みや別のトラブルを呼びます。次の順で進めます。
騒音・ゴミのトラブル対応の3段階
- 1全戸へ文書で注意喚起する個人を特定しない。掲示とポスティングの両方。時間帯やルールを具体的に書く
- 2相手が特定できたら個別に書面を出す日時と内容を淡々と書く。感情や人格への評価は書かない。控えを保管する
- 3改善しないときに契約解除・明渡し請求ここで初めて内容証明郵便と弁護士。1と2の記録が判断の材料になる
第1段階の文書は、「深夜の生活音にご配慮ください」で終わらせず、何を控えてほしいのかを書きます。「午後10時以降の洗濯機と掃除機の使用はお控えください」のように、時刻と行為を書くと伝わります。誰のことかが分かる書き方はしません。全戸に同じ文面を配ります。
第2段階に進む前に、苦情を寄せた入居者へ「文書を配った」と伝えてください。動いていることが見えないと、我慢している側が先に退去を決めます。
第2段階の個別書面は、「苦情が来ています」ではなく、確認した事実だけを書きます。「7月18日午後11時30分ごろ、302号室付近で継続的な物音を確認しました。ご配慮をお願いします」という形です。相手が無自覚な場合、この段階で止まることが多くあります。
2. すぐに契約を解除できない理由
借りている人には、契約や物の性質で決まった使い方に従う義務があります。民法616条が、594条1項の「借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない」という定めを賃貸借に準用しています。近隣に迷惑をかけ続ける使い方は、この用法遵守義務に反する可能性があります。
ただし、義務違反があれば直ちに契約を解除できるわけではありません。ここに2つの関門があります。
| 関門 | 内容 |
|---|---|
| 催告と、違反の程度 | 民法541条は、相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がないときに解除できると定める。ただし、その時点での不履行が「軽微であるとき」は解除できない |
| 信頼関係の破壊 | 賃貸借は長く続く契約であるため、判例上、当事者の信頼関係が壊れたと認められる程度に至って初めて解除が認められると解されている |
解除に進むには、注意しても直らなかったという経過そのものが必要になる。
つまり、1回や2回の苦情で明渡しまで進むことは考えにくく、「注意した、直らなかった、また注意した、それでも直らなかった」という積み重ねが判断の材料になります。第1段階と第2段階を飛ばさない理由はここにあります。
契約書に「催告なく解除できる」という特約を入れているケースもあります。書いてあること自体は問題ありませんが、書いたとおりに解除が認められるとは限りません。解除できるかどうかは、最後は裁判所が事案ごとに判断します。特約は「解除できる根拠」ではなく、「入居者に伝えるルール」として置くと考えてください。普通借家と定期借家で契約の終わり方が変わる点は 普通借家と定期借家、どちらで貸すか にまとめています。
3. 自力救済──鍵の交換・荷物の撤去・ライフラインの停止
ここが本記事でいちばん大事なところです。解除できる権利があったとしても、その権利を自分の実力で実現してはいけません。これを自力救済といい、原則として認められていません。判決を得たうえで、部屋から出す手続きは裁判所の執行官が行います。
| 行為 | オーナーの判断でやってよいか |
|---|---|
| 全戸への文書配布・掲示 | ○ |
| 個別の書面での注意、事実の記録 | ○ |
| 共用部の清掃、集積所の整備、設備の追加 | ○ |
| 鍵やシリンダーの交換、締め出し | × |
| 室内の荷物の持ち出し・処分 | × |
| 電気・ガス・水道の停止 | × |
| 掲示物や貼り紙で個人を名指しする | × |
×の行為をすると、こちらが責任を問われる側に回ります。民事では、民法709条の不法行為として損害賠償を求められることがあります。事案によっては刑事の問題になることもあり、条文としては住居侵入等(刑法130条)や器物損壊等(刑法261条)が挙げられます。どの罪に当たるかは行為の中身で変わるため、ここでは「刑事の問題にもなりうる」とだけ押さえてください。
やってよいのは、事実を確認し、記録を残し、書面で求め、それでも直らないときに法的手続きへ進むことです。回り道に見えますが、これ以外の道はありません。
4. 記録の取り方──1件1行で残す
第3段階に進むかどうかを決めるのも、進んだ後に判断されるのも、記録です。特別な様式は要りません。次の5列を1行ずつ足していきます。
| 日時 | 場所 | 内容 | 対応 | 対応者 |
|---|---|---|---|---|
| 7月18日 23:30ごろ | 302号室付近 | 継続的な物音。201号室から連絡 | 翌日、全戸へ文書を配布 | 管理会社 担当者 |
| 7月25日 22:50ごろ | 302号室付近 | 同様の物音。201号室から2回目の連絡 | 302号室へ書面を投函。控え保管 | 管理会社 担当者 |
| 8月2日 10:00 | 集積所 | 収集日以外に可燃ゴミ2袋 | 写真を撮影。掲示を更新 | オーナー |
日時・場所・内容・対応・対応者の5列。表計算ソフトでもノートでもよい。
書くときのコツが3つあります。1つ目は、その日のうちに書くこと。後からまとめて書いた記録は日時があいまいになります。2つ目は、評価を書かないこと。「非常識な入居者」ではなく「午後11時30分ごろ、継続的な物音」と書きます。3つ目は、苦情を寄せた入居者にも同じ形式でメモを付けてもらうことです。日時・音の種類・続いた時間の3項目で足ります。
録音については、被害を受けている入居者が自分の部屋の中で録ることまでにとどめてください。他人の居室に立ち入って機器を置くようなことをすれば、こちらが問題を抱えます。音を録るより先に、日時と内容の記録を積むほうが手間なく続きます。
5. 騒音の程度をどう考えるか
集合住宅では、生活音を互いにある程度我慢することが前提になっています。この我慢すべき範囲を受忍限度と呼びます。どこからが限度を超えるかを決める数値の線引きは、法律にはありません。音の大きさだけでなく、時間帯・頻度・続いた期間・建物の構造・地域の性格などをあわせて判断されます。
数値の手がかりとしては、環境省の告示「騒音に係る環境基準について」があります。一般地域の基準値は次のとおりです。
| 地域の類型 | 昼間(午前6時〜午後10時) | 夜間(午後10時〜翌午前6時) |
|---|---|---|
| AA(療養施設・社会福祉施設等が集合し、特に静穏を要する地域) | 50デシベル以下 | 40デシベル以下 |
| A(専ら住居用)・B(主として住居用) | 55デシベル以下 | 45デシベル以下 |
| C(相当数の住居と商業・工業等が混在) | 60デシベル以下 | 50デシベル以下 |
環境省告示「騒音に係る環境基準について」。道路に面する地域には別の基準値が定められている。
ここで押さえてほしいのは、この基準の使い方です。環境基準は、地域の騒音について維持されることが望ましい行政上の目標であって、入居者どうしの生活音の受忍限度をそのまま決めるものではありません。航空機騒音・鉄道騒音・建設作業騒音には適用しないとも定められています。測定も等価騒音レベルという決められた方法によります。
そのうえで、実務では使いどころがあります。夜間が午後10時からと区切られていることは、注意喚起の文書に「午後10時以降」と書く根拠になります。一般の住宅地でおおむね夜間45デシベル以下という水準は、話し合いの目安として共有できます。数値そのものより、この時間の区切りのほうが役に立ちます。
6. ゴミのトラブルと、入居時にやっておくこと
ゴミの問題は、多くが「知らない」から起きます。家庭から出るゴミの収集・運搬・処分は市町村が行うと廃棄物処理法6条の2第1項に定められており、分別の区分も収集日も自治体ごとに決められています。前に住んでいた市と違うのは当たり前で、注意より先に情報を出すほうが早く直ります。
集積所でやること
- 自治体の分別区分と収集日を掲示する──自治体が配っている分別表をそのまま貼る。多言語版や絵入りの版を用意している自治体もある
- 出せる時間を書く──「収集日の朝8時まで」のように、日付だけでなく時刻まで書く
- 置き場を管理する──敷地内に置く集積所は、清掃と補修がオーナーの仕事になる。ネットやふた付きストッカーで散乱を防ぐ
- 違反ゴミの中身を探らない──袋を開けて差出人を特定するのは避ける。まず掲示の見直しと全戸への文書に戻る
防犯カメラを付ける場合は、映像に映る人物の情報が個人情報にあたりうる点(個人情報保護法2条1項)を踏まえて、設置していることと目的を掲示し、録画の保存期間と誰が見るかを先に決めておきます。撮った映像を関係のない人に見せない運用も決めておいてください。
入居のときにやっておく予防
トラブルの多くは、入居時の説明で減らせます。契約書とは別に、ゴミの出し方・生活音への配慮・共用部の使い方を1枚にまとめた書面を渡し、受け取ったサインをもらいます。契約書の禁止事項にも、時間帯や行為を具体的に書きます。「近隣に迷惑をかけないこと」だけでは、後から何を注意したのか説明できません。
最後に、対応を先送りしたときに何が起きるかに触れておきます。音を出している側は退去しません。黙って出ていくのは、我慢している側です。原状回復と募集にかかる費用、そして家賃の入らない期間が、対応の遅れとしてまとめて表に出ます。空室が出てからの手当ては 空室対策 にまとめていますが、埋める話より前に、いま出ている苦情に1通の文書を出すほうが安く済みます。
まとめ
- 対応は3段階。全戸への文書、相手を特定してからの個別書面、それでも直らないときの契約解除・明渡し請求の順で進める
- 賃借人には用法遵守義務がある(民法616条が594条1項を準用)。ただし解除には催告が必要で、軽微な不履行では解除できない(民法541条)。判例上、信頼関係が壊れたと認められる程度も求められる
- 鍵の交換・荷物の撤去・電気やガスの停止は、解除できる場合でもオーナーの判断でやってはいけない。民事の損害賠償に加え、刑事の問題にもなりうる
- 記録は日時・場所・内容・対応・対応者の5列を1行ずつ。その日のうちに、評価を書かず事実だけ残す
- 騒音に数値の線引きはない。環境省の環境基準は一般の住宅地で昼間55デシベル以下・夜間45デシベル以下だが、これは地域の騒音についての行政目標であり、入居者間の受忍限度を決めるものではない
- ゴミは自治体ごとにルールが違う。分別表と収集日を掲示し、入居時にハウスルールを書面で交付して受領のサインをもらう
次に読む:家賃滞納が起きたら/入居者が亡くなったときの残置物/普通借家と定期借家、どちらで貸すか/空室対策/賃貸経営の全体像
出典
- 民法616条(賃借人による使用及び収益。594条1項の準用)・541条(催告による解除)・709条(不法行為による損害賠償)
- 刑法130条(住居侵入等)・261条(器物損壊等)
- 環境省告示「騒音に係る環境基準について」(平成10年9月30日環境庁告示第64号、最終改正 平成24年3月30日環境省告示第54号)
- 廃棄物の処理及び清掃に関する法律6条の2第1項(市町村による一般廃棄物の処理)
- 個人情報の保護に関する法律2条1項(個人情報の定義)
- e-Gov法令検索・環境省ウェブサイト(確認日:2026年8月7日)
※契約を解除できるかどうか、どの時点で法的手続きに進むべきかは、経過と記録の内容によって個別に判断が分かれます。本記事は一般的な手順の解説です。内容証明郵便の送付や明渡しを検討する段階では、それまでの記録を揃えたうえで、個別の判断は弁護士などの専門家にご相談ください。
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