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入居者が亡くなったら──残置物を勝手に片付けられない理由と、2026年時点の正しい手順

公開 2026.07.31 / 更新 2026.08.07 賃貸経営 筆者:宍倉奎次郎(税理士・宅地建物取引士・大家)

入居者の方が部屋で亡くなった──賃貸経営を続けていれば、いつか必ず向き合う場面です。

このとき大家が最初にやってしまいがちなのが、「早く次を募集したいから」と部屋を片付けることです。これは、やってはいけません。残置物は亡くなった方の財産であり、その所有者は相続人だからです。

結論から言うと、こうです。

① 入居者の死亡で賃貸借契約は終わりません。賃借権は相続されます。② 契約を解除できるのも、部屋の物を処分できるのも相続人です。大家が勝手にやれば損害賠償の対象になります。③ だから予防が全てです。2021年に国が用意した「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を、入居時に結んでおくかどうかで結果がまったく変わります。

※本記事の人物・金額はすべて架空のモデル事例です。一般的な仕組みを解説するもので、個別の法律相談ではありません。

→ 賃貸経営の全体像は 賃貸経営の全体像 にまとめています。この記事は STEP 6「守る(トラブルと修繕)」 の各論です。

この記事でわかること


1. 大原則──賃借権は相続される

まず、いちばん誤解の多いところから。

入居者が亡くなっても、賃貸借契約は終わりません。 借りる権利(賃借権)は相続財産として相続人に引き継がれます。

ここから、次のことが導かれます。

場面 結論
同居していた配偶者・子がいる 新しい借主として住み続けられる。死亡を理由に立ち退きを求めることはできません
部屋の中の家財 相続人の所有物。大家が処分する権限はありません
契約の解除 相続人の関与が必須。勝手に解約・再募集はできません
家賃 死亡後も発生し続けます。相続人が承継します
連帯保証人 借主の死亡で個人根保証の元本が確定します。以後に発生する債務は保証の対象外です

内縁の配偶者がいる場合は、相続人がいるかどうかで結論が正反対になります。相続人がいれば、内縁の方は相続人の賃借権を援用する形で居住が保護されます。相続人がまったくいない場合は、事実上の夫婦・養親子として同居していた人が賃借権をそのまま承継します(借地借家法36条。1か月以内に反対の意思表示をすることは可能です)。


2. 相続人との交渉は「書面が先、金は後」

相続人と連絡が取れても、話が進まないことがよくあります。理由は、多くの場合お金です。

相続人は「単純承認」を恐れています。 相続財産に手をつけたり債務を弁済したりすると、相続を承認したものとみなされ、相続放棄ができなくなるからです。だから「未払家賃を払ってください」「原状回復費を負担してください」と切り出した瞬間、相続人は身構えて連絡が途絶えます。

だから順番を逆にします。

  1. まず 解約書残置物の所有権放棄書 にサインをもらう
  2. 「必要なお品だけ引き取っていただければ、残りはこちらで片付けます」と伝える
  3. 金銭の話はその後

書式は事前に用意しておいてください。その場で作ろうとすると、必ず間に合いません。

時間の壁もあります。 死亡届が出ていなければ戸籍上は存命のままで、相続人を相手にした訴訟すら起こせません。さらに相続放棄ができる3か月の熟慮期間は、誰が相手方になるのか定まらず訴訟を起こせません。こじれると明渡しまで1年を超えます。

相続人全員が相続放棄したら

このときは、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てて、そのうえで手続きを進めることになります。時間も費用(予納金)もかかる最終手段です。

※2023年の民法改正で「相続財産管理人」から「相続財産清算人」へ名称と手続が変わりました。古い書籍やサイトの記述はここを読み替えてください。


3.【予防策】残置物の処理等に関するモデル契約条項

ここからが本題です。上に書いた手間は、入居時にひと手間かけておくと大半が消えます。

2021年に国土交通省と法務省が公表した「残置物の処理等に関するモデル契約条項」という仕組みがあります。

何をするものか──借主(委任者)が生前に、第三者(受任者)との間で死後事務委任契約を結んでおきます。借主が亡くなったとき、その受任者が

  1. 賃貸借契約を解除する(解除関係事務委任契約)
  2. 残置物を処理する(残置物関係事務委任契約)

ことができるようにしておく、というものです。相続人を探し出して交渉するという、いちばん時間のかかる工程を丸ごと省略できます。

借主は「この物は捨てないでほしい(指定残置物)」「この物はここへ送ってほしい」と指定しておくこともできます。

使い方のポイント

項目 内容
想定される対象 原則として単身の高齢者(60歳以上)が借りる場合
弾力的な運用 国交省は、60歳未満の単身者でも、推定相続人がいない・所在が分からないなど、死亡時に残置物処理をすべき人と連絡が取れると期待できない場合には活用を否定しないとしています。実務ではこの弾力運用が効きます
受任者は誰にするか 大家自身が受任者になることは避けるべきとされています(利益相反のおそれ)。推定相続人か、居住支援法人などの第三者が望ましい形です

4.【2025年10月〜】改正住宅セーフティネット法で受け皿ができた

モデル契約条項の最大の弱点は、「受任者になってくれる人が見つからない」ことでした。身寄りのない単身高齢者ほど、この仕組みを必要としているのに使えない、という矛盾です。

ここに制度的な受け皿ができました。改正住宅セーフティネット法が令和7年(2025年)10月1日に施行され、居住支援法人の業務に「入居者からの委託に基づく残置物処理等」が追加されました。この業務は、上記のモデル契約条項を活用して実施することが基本とされています。

もう一つの柱が居住サポート住宅です。居住支援法人等が大家と連携して、入居者の安否確認・見守り福祉サービスへのつなぎを行う仕組み(住宅入居等支援事業)が創設されました。

大家目線でどう読むか。 単身高齢者の入居を「リスクがあるから」と断らずに済む仕組みが、公的に用意されたということです。空室に悩む物件にとっては、受け入れる層を広げながら、リスクを制度でヘッジするという選択肢が増えました。

→ 空室そのものの切り分けは 空室は「収入ゼロ」ではなく「借金」と同じ をご覧ください。


5. 孤独死の原状回復──費用と請求先

特殊清掃が入る場合の実際

亡くなってから発見までに時間が経った事案では、次のような工程になります。

費用は事案の状態と経過日数で大きく振れます。撤去・消毒・消臭だけで数十万円、内装の復旧を含めると百万円単位になることも珍しくありません。人件費が上がっているため、数年前の相場感より上振れする前提で見ておくのが安全です。

請求先は、連帯保証人と相続人です。現場の写真をお見せすると、金額についてはおおむね理解が得られます。ただし相続放棄された、あるいは資力がないという理由で、大家が全額を負担することになる例もあります。

保険での備え(事故が起きてからでは間に合いません)

種類 内容
家主費用保険(孤独死保険) 原状回復費用・遺品整理費用・空室期間の家賃損失を補償する商品があります
借主の家財保険の死亡時修理費用特約 借主側で備えてもらう形
借家人賠償責任保険の加入を契約で義務付ける 入居時の特約で担保しておく

平時に、火災保険・施設賠償・孤独死対応の付保状況を一度点検してください。

参考になる裁判例: 東京地裁平成19年8月10日判決は、貸室内で自殺しないことも借主の善管注意義務に含まれるとして、相続人と連帯保証人に損害賠償義務を認めました。損害額は「自殺から1年は賃料が入らず、その後2年は賃料が半額」と推認しています。この算定方法は、いまも損害額を考える際のベースとして参照されています。


6. 告知義務──「概ね3年」の線引き

かつては裁判例ごとに告知期間の判断がばらつき、2年程度から数十年まで幅がありました。2021年10月に国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を策定し、実務の目安が固まりました。

事案 賃貸での告知の要否
自然死・日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など) 原則として告知不要
上記でも特殊清掃等が行われた場合 発生から概ね3年間は告知
自殺・他殺・火災による死亡など 発生から概ね3年間は告知
隣接する住戸や、日常生活で通常使用しない共用部分での死 原則として告知不要
3年経過後でも告知が必要な場合 ①借主から過去の死亡事案について直接質問されたとき ②事件性・周知性・社会的影響が特に高いとき

告知する内容は限定されています。 伝えるのは時期・場所・死因(詳細な態様までは不要)・特殊清掃の有無まで。氏名・年齢・具体的な発見状況まで伝える必要はありません。ご遺族のプライバシーへの配慮です。

運用上、押さえておきたい3点

  1. 告知義務を負うのは宅建業者ですが、大家が自ら貸す場合も信義則上の告知義務があります。「自主管理だから関係ない」とはなりません。
  2. 告知せずに貸すと、契約不適合責任や説明義務違反として解除・損害賠償のリスクがあります。説明を尽くしたうえで相応に安く貸すほうが、結果として合理的です。
  3. 事故物件サイトへの掲載は、運営者いわく「永久」です。ガイドラインの「概ね3年」と、市場が実際にどう反応するかは別問題だと割り切ってください。

なお、前の入居者の使用状況や前科は原則として説明不要です。犯罪歴の開示は、むしろプライバシー侵害のリスクがあります。ただし長期間の性風俗店営業など、通常の人が心理的な嫌悪感を持つ事実については説明が必要です。


7. 予防としての「高齢入居者との関係づくり」

制度に頼るだけでなく、日々の運用でも予防できます。発見の遅れは、そのまま事故物件化に直結します。安否を早く確認できる体制そのものが、資産の保全です。

→ 契約まわりの型は 「普通借家」と「定期借家」どっちにする?、日常の管理業務の全体像は 不動産管理ってなにをするの? をどうぞ。


まとめ

次に読む:家賃滞納が起きたら(STEP 5)/敷金精算の実務(STEP 7)/自主管理 vs 管理委託(STEP 2)/騒音・ゴミトラブルは「空室リスク」に直結(STEP 6)


出典

※制度・ガイドラインは改正されることがあります。告知の要否、原状回復費用の負担範囲、相続人への請求可否は、事案の具体的な事情によって結論が変わります。相続人との交渉、明渡し請求、損害賠償請求といった法律事務は弁護士の領域です。個別の判断は弁護士・司法書士等の専門家にご確認ください。税務の取扱い(特殊清掃費用や空室期間の経費性)については税理士にご相談ください。

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宍倉奎次郎
税理士・宅地建物取引士・大家
宍倉 奎次郎

税理士・宅地建物取引士。自身も賃貸物件を持つ大家の立場から、法人化・相続・不動産管理まわりの税務を、制度と判例にもとづいて解説しています。記事内の事例はすべて架空のモデルケースです。制度・税率・判例は年度で変わります。個別具体的な判断は、不動産税務に強い税理士へご確認ください。

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